6.幼馴染
「交換条件? ワサビに?」
コウちゃんは眉を寄せて、私を見る。
「ええ! 私のお願いを聞いてくれたら、このワサビを献上する! お代は要らない!」
「・・・150円くらいで、えばられてもな・・・」
途方もなく呆れた顔をしている。
この顔も私の気に入らないものの一つ。
コウちゃんは腰に手を当てて、はあ~と溜息を付くと、
「で、何? 交換条件って?」
そう言って私をジトっと見下ろす。
奴自身、背が高いところに持ってきて、玄関を上がったところから私を見ているので、かなり上から見下ろされた感がある。この態度もまた気に入らない。
私は大きく息を吸って、ゆっくり吐いた。
そして、コウちゃんの鼻っ面にワサビの箱を突きつけた。
「短い間でいいから、私の彼氏のフリをして!」
「は?」
「とりあえず、次の日曜日、一緒に遊園地へ行って!」
「・・・」
「大丈夫! チケットはある! そこは心配するな!」
「・・・」
★
ワサビの箱を目の前にして、コウちゃんは暫く固まっていた。
同じ年のこの幼馴染は頭が良く、麻奈と同様中学受験しているので、私と同じ学校に通っていたのは小学生までだ。
なのに、母親同士が友人という事で付き合いが断たれなかった。
普通なら、親同士が友人だからって子供にまで影響はしないのだろうが、お気の毒な事に、コウちゃんのお母さんは病弱でよく病院に入院される。
お友達の上にご近所、まして3軒隣りとなれば、母親の入院中、家で一人になってしまう子供の面倒を、私の母が見るのは自然な成り行きだった。
コウちゃんはよく我が家で夕食を取り、そのまま泊まることもあった。
小さい頃は、「お母さんが入院しちゃって、お父さんがお仕事で帰って来られなくて、一人ぼっちで、ああ、なんて可哀そうで哀れな子なのだ」と、私も率先して世話をしてあげていた。
それがいけなかったのかもしれない。
中学生になっても、彼の母親の体調は優れず、我が家で面倒を見ることが多かった。
大きくなって強がってはいたが、おばさんが入院している時は、やはりどことなく影があって、気の毒に思っていた。
思春期に入り、小学生の時ほど仲良く出来なくなったが、それでも、出来るだけ世話をしてあげていた。
そう、それがいけなかったのだ。
気が付くと、いつの間にか私のポジションは、すっかり奴のパシリとなっていたのだ。
今回だって、おばさんは検査入院で家にいない。
だから、夕食にスーパーでお寿司を買って、一人寂しく食べるところだったのだろう。
高校生ともなれば、ある程度の事はもう出来て当たり前だ。そんなに頻繁に我が家に頼るのも恥ずかしいだろうし。
広いリビングで、大きなテーブルに、ポツンと侘しく一人飯。
まあ、それ自体は気の毒だ。
その画を目に浮かべると、哀愁が漂い涙を誘う。
しかし!
ワサビぐらいは自分で買うべきだ!
いつまで人を扱き使う気なのか、こいつは!
私も、つい哀れとばかりに言う事を聞いてしまう節がある。それもいけないのだが。
「・・・お前、何言ってんの?」
やっとコウちゃんが口を開いた。
「だ~か~ら~、彼氏になってって言ってんの! ちょっとの間だけ!」
「・・・」
「せめて今度の日曜日だけでも~~!」
私はワサビをマイクのように握りしめ直すと、祈るようにコウちゃんに差し出した。
「はあ~~~・・・」
コウちゃんは腰に両手を当てた状態で、ガックリと首を落として長い溜息をついた。
「常々アホだアホだとは思っていたけど、ここまでアホだとは・・・」
呆れたように呟くと、顔を上げて私を見た。
「150円のワサビと彼氏って・・・交換条件として成立すんの? 彼氏って150円なの? お前の中で」
「フリです、フリ~!」
「フリだとしても、ワサビとは割が合わんわっ!」
そう怒鳴ると、コウちゃんは私からワサビをぶん取ろうとした。
渡すまいと私も必死にワサビにしがみ付く。
「放せ! ワサビが潰れる!」
「ワサビだけじゃないじゃん~。いつも頼まれたお使いしてあげてるじゃん! たまには私を助けてよ~!」
「はあ? 助けてんだろ? テスト前は勉強見てやってんじゃん」
「それバイトじゃん! うちのママからお小遣い貰ってるでしょっ、ちょっとだけど! 対価払ってるから違うもん!」
「その対価じゃ割に会わないほど出来が悪いくせに、何言ってんだよ。ボランティアの粋だ、あれは!」
「う~~~っ!」
「今回はそれ以上に割が合わねーよ!」
「そこを何とか~~!」
ワサビの引っ張り合いが続き、もう箱はぐちゃぐちゃだ。
でも、負けるわけにはいかない!
必死にしがみ付いていると、ふとコウちゃんの引く力が緩んだ。
同時にため息が聞こえた。
「ったく・・・。分かったよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます