5.ワサビと交換
「どうすんのよ! 唯ちゃん! 彼氏いるなんて言って!」
近くのハンバーガーショップで、席に着くなり、歩実は私に食い付いた。
斉藤君は歩実に無理やり帰らされたので、二人きりだ。
「・・・うん、どうしよう・・・」
ポテトをチビチビかじりながら、私は俯いた。
「とにかく何なのよ? あの子? 私、気に入らないわ! 行く必要ないわよ! 一緒にブッチしよう!」
歩実は怒り心頭だ。
「でも、斉藤君は行く気満々じゃない? いいの? 歩実は」
「ああ、もう、本当にごめんね・・・。斉藤君のバカ・・・」
歩実ははあ~と溜息を付くと、両手で顔を覆った。
「全然、斉藤君も歩実も悪くないし」
歩実はガバッと顔を上げると、
「そうだ! 斉藤君に友達を連れてきてもらおう! どう?」
「いいの?」
「初めて会うわけだから、彼氏っていう訳にはいかないけど、体裁は整うでしょ?」
「うん・・・」
「少し早めに待ち合わせして、口裏合わせしとけば何とかなるんじゃない?」
「うん・・・」
口裏合わせ・・・。
自分が蒔いた種とは言え、そこまでしなければならないか・・・。
なんと情けない・・・。
はあ~と長く溜息を付いた時、テーブルに置いていた携帯が震えた。
「・・・メッセージ? ママかな・・・?」
メッセージの内容を読んで思わず舌打ちした。
『まだ下校途中? だったらワサビ買ってきて』
歩実は舌打ちした私を驚いたように見ている。
「何? どうしたの?」
「ワサビ買ってこいだってさ」
「ワサビ? そっか、お使い頼まれちゃったのね? もう帰ろうか?」
歩実は残念そうに肩を竦めた。
まだ話し足りないようだ。それはもちろん私も一緒だ。
「まだ平気よ。何がワサビよ。こっちはプライドが掛かってるっての!」
私は返信もせずにスマホをテーブルに置くと、残りのポテトを数本まとめて口に入れた。
しかし、ムシャムシャと頬張っている時、ピンっと一つのアイデアが閃いた。
急いでもう一度スマホのメッセージを見る。
『まだ下校途中? だったらワサビ買ってきて』
ちくしょう!
憎たらしいがワサビが役に立つかもしれない!
「ごめん、歩実。やっぱり、急いでワサビ買って帰るわ!」
「え? うん、分かった。じゃあ、帰ろー」
何の疑いも抱かずに、歩実は素直に立ち上がる。
「ごめんね、斉藤君との時間を取っちゃって」
「ううん、大丈夫よ。それと、帰ったら早速彼に電話してみるね」
「それなんだけど、歩実。ちょっと待っててくれる?」
「え? 何で?」
歩実はトレーを抱えたまま、驚いたように目を丸めて私を見た。
「うん、ちょっとね。後で連絡するわ」
私たちは返却口にトレーを戻すと、店を後にした。
★
私はワサビを片手に玄関の前に立った。
ちなみにこの玄関は我が家の玄関ではない。
我が家から3軒ほど離れたお宅。
ピンポーン
インターホンを鳴らすと、玄関が開いた。
「ああ、ワサビ買ってきた?」
中から声がする。
私は無言で玄関に入ると、迎え入れた相手にチューブのワサビが入った箱を突きつけた。
「寿司買ったのに、ワサビ付いてなかったんだよ。まったく・・・」
腹立たし気に呟いたのは、私の幼馴染のコウちゃんだ。
そんな態度にこちらもイラっとくる。
「ねえ! ワサビぐらい自分で買ってくれない? ってか、我慢して、ワサビ無しで食べればいいじゃん、お寿司くらい」
「無理。絶対いる」
コウちゃんは断言すると、私からワサビを取ろうとした。
しかし、私はそれをスッと避けた。
「なんだよ?」
「じゃあ、お寿司買う時にワサビが付いてるかどうか、ちゃんと確認してよ!」
「分かった、分かった。次は確認する。早くよこせ」
「そんなに欲しい?」
「は?」
コウちゃんは、これでもかと言うほど顔をしかめた。
「そんなにワサビが無いとお寿司が食べられない?」
「何言っての? お前」
「聞いてるんだけど?」
私は後ろ手にワサビを隠した。
「・・・だったら?」
「だったら・・・」
私はニヤッと口元が緩んだ。
「交換条件があるの」
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