第24話 民間人虐殺命令
魔道地雷というものがある。
戦争の初期に発明されたもので、今日に至るまで改良を続けられている、安価で高性能の殺傷兵器だ。
鍔鳴りを散らせている大国三国では、兵士に徴募されるときにその国が発行する身分証明書が与えられる。それは魔法によって兵士たちの心臓に刻まれる刻印だ。
魔道地雷は自分の国の兵士が踏んでも無害である。兵士の体内から発せられている『味方である』とのシグナルを感知し、無駄な損害を抑える働きを持っている。
対して敵国の地雷は発見や撤去が難しい。正確には両方とも可能であるが、途方もない時間と費用が掛かるということだ。随時動く戦局に対応するために、ヴォルガ帝国が編み出した撤去手段は単純かつ非道なものであった。
「総員、傾注!」
懲罰部隊副官のアーベル・ハッキネンが大声で部隊に指示をする。
「仕事の時間だ。今夜10:00にトゥヴェルツァ川を3キロ進んだ場所にある町、ノイエングラードを襲撃する。こいつらはヴォルガ人でありながら、フリジアのクソどもに寝返った売国奴どもだ。町の中にいるやつは男も女も、老人も赤子も区別ない。すべて灰にしろ」
続けて隊長のドミトレンコが襲撃対象の説明をする。
「かつてノイエングラードは出稼ぎ労働者がわんさかいやがったが、戦争が始まってからは閑散としててな。今ではただの寂れた町だ。ふん、今まで儲けて良い暮らしをしてたのが忘れられなかったらしいな。フリジアに身売りをしやがったのさ。標的は非武装の平民がおよそ二万。俺たちは四千。敵もノイエングラードを守る気はないだろうから、刈り取り放題だ」
動揺は一部にしか走らなかった。それは当然新規で懲罰部隊送りになった者たちである。
「し、質問があります!」
「なんだ芋泥棒。手短に言え」
「いくら寝返ったとはいえ、相手は民間人です。それを……襲うだなんて! ヴォルガの誇りはないのですか!?」
ドミトレンコ隊長は顎でマルティンを指す。すると周りにいた兵士たちがよってたかって殴り始めた。
「なーに眠たいこと言ってんだボケ。正規兵がやったらそら大問題だろ。軍法会議待ったなしだわな。でも俺たちはなんだ? 死刑か戦死しか道がない半死人だろうがよ。上がやれっつったらやるんだよ」
「そんな……ひどすぎる……」
「戦争前は同胞だったんだぞ……」
弱気な発言をした新兵たちは闇に引きずり込まれ、滅多打ちにされていく。ここでは道徳や寛容といったものは意味をなさない。殴られたくなければハイと言え。死にたくなければ敵を殺せ。ただそれだけだ。
「よし、それまでに飯を食っておけ。解散!」
ぞろぞろと兵士たちは『食堂』という名の粗末なかまどへと向かっていく。どこぞで拉致された奴隷上がりの男が一生懸命鍋をふるっている。
「ユーリは何も言わないんだね。えらいよ」
「本当は言いたいです。ですがそういうのは無駄だと学習してきましたので」
「そう……かい。悪い意味で大したもんだ」
悲しい目でドミニクはユーリを見る。一体この美貌の少年はどのような死線をくぐってきたのだろうかと。
必要以上の詮索はしない。それはこの部隊での鉄則だ。だが目の前の人物の経歴にほんの少し興味を持ったドミニクであった。だからユーリにそっと警告する。
「ユーリ、よくお聞き。今日の攻撃では部隊の先頭を歩いてはだめだよ。新兵は必ず前に出されるが、何が何でも中央に戻るんだ。いいね」
「それは……なぜ」
「内緒だよ。いいかい、戻りすぎると督戦兵に射殺される。だからほどほどに戻るんだ。うまくやるんだよ」
「わかりました。まだ死ぬわけにはいきませんから」
「いい子だ」
天使の輪を描くユーリの白金の髪をふわりと撫で、ドミニクはかまど場へと歩き去っていった。
水を飲みにユーリが桶の場所に行くと、そこには顔面を腫らせたマルティンがいた。
「大丈夫? ごめん、助けられなくて」
「いやいいんだ。僕はどうしても余計な一言が多くてね。だから町でも疎まれてたんだ。だからこんなところにいるのかもしれないね」
「僕は軍人だから訓練されている。けどマルティンは民間人だったんじゃないかな?」
「うん、軍に靴を納品してる工場をやってたんだけどね。どうしても利益が出なくて、食べるものにも困ってたよ」
町の疲弊は深刻なようだ。マルティンは職人だったから何とかここまでやってこれたのだろうが、技術を持たない者は徴募されるか餓死するか、集団農場に送られるかだ。
こんな体制が長く持つはずはない。ユーリは釦をかけ間違えたような国のかじ取りに、少なからず危機感を抱いていた。
「そうだ、さっきリョーシャさんとカードをやったんだよ。そうしたら勝利の女神のカードを引いてね! きっと運が向いてくるって言われたよ」
「それはいいね。大丈夫、きっと僕たちは生き残れる。生きてこの地獄から這い戻ろう」
「勿論さ。あいててて、うう、歯がグラグラする」
そう言ってマルティンは水で口をゆすぎ始めた。袋叩きにされたとはいえ、さすがに出撃前に半死半生にするわけにはいかないだろう。
「雲が厚いな。今日も降る……か」
ユーリは重厚な白い空を見上げて、薄い吐息をついた。
見せしめ。
軍と賊徒は舐められたら終わりということは頭では理解している。
だが果たしてこの戦いに、祖国の栄光があるのかユーリには最後までわからなかった。わからないのであれば、自らの信念を探して貫くのみと、心の片隅で思うのであった。
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