第23話 姉二人
閲兵は滞りなく進み、兵士たちは幕舎へと送られる。防寒効果があるとは到底思えないような、襤褸のテント。これからはそこがユーリの家となり、帰る場所になる。
蝋燭一つだけのか弱い明かりがテント内を照らす。魚油のすえた臭いが篭り、汗と黴の粒子と混ざり合って、思わず鼻をつまんでしまうほどの悪臭だ。正規軍の宿舎とは比べ物にならないほど劣悪な環境である。
「荷物を置くか……。と言っても大したものはないからなぁ」
指定されたテントで自分の寝床を確保していると、後ろから女性兵士が二人入ってきた。
「おやおや、先に誰かいるよ。ねえ見てドミニク、噂の金髪ちゃんだよ」
ともすれば壊れてしまいそうなほどの幼い顔立ち。活発そうな鳶色の髪の毛に、金色に近い瞳がユーリを無垢に見つめている。まだ十代前半のように見える体つきは、懲罰部隊という名前のもとにいるのには相応しくない。指でくるくると内巻きの髪を弄ぶ姿は、年端のいかない少女のそれだ。
「それは僥倖。懲罰部隊になんて送られたものだから、てっきりつまらない最後を迎えると思っていたが……。美しい者を傍で愛でられるのであれば、悪くない結末やもしれんな」
少女の声に反応して、やや大柄の女性がテントの幕をめくる。レッドローズの艶やかな髪は後ろで一つに纏められており、癖の強さがそのまま彼女の心持ちを表している様にも感じられた。
ユーリは首をかしげてしまう。確かに自分は指定された場所に来たはずだと。
「初めまして、お美しいレディ。私はドミニク・ヴァクニーナ。貴女は戦場に咲く一輪の花だ。誰かが踏み躙る前に、私が全てを奪い去ってしまいたい。こう見えても元騎士だ。我が誓いを受けてはいただけないだろうか」
「え、えっ?」
「ドミニクぅ、その子緊張しちゃってるんじゃないかなぁ? ねえ、初めまして! 私はサンタミカエラ・クレシェンティヴァ。サンでいいよ! 今日から一緒だね、よろしく!」
にぎにぎとユーリの手を握ってくる。咄嗟のことで断り切れなかったが、やはり女性と向き合うと気恥ずかしいものがあった。
「今日から同じテントで寝る仲だしねー。お互い長生きできるように頑張ろうね」
「あはは、えと、話を一つしたいんだ……けど……」
誤解はすぐに解けた。あろうことかドミニクとサンタミカエラはユーリの股間を直接触って確かめたのだ。
「神は死んだ」
ドミニクは天を仰いで大粒の涙をこぼしている。ユーリの繊細な美に絆されたのは、何もクラリエフだけではなかったようだ。
「あはは、さわっちゃった! 男の子ってこういう感触なんだねぇ!」
サンタミカエラはニコニコとしている。幼い容姿だが彼女の実年齢は不明だ。もしかしたらまだ男女の性意識というものが生まれていないのかもしれない。
ユーリは顔をこれでもかと赤くしてうつむいてしまう。そのもじもじとした様子に、ドミニクは鼻血が出そうになるのをこらえていた。
「と、とにかく同じテントはまずいですよね。僕、隊長に報告しに行きます!」
「まあ待ちたまえユーリ。君と同じテントに男どもをブチ混んだら、間違いなく危険なことになる。ドミトレンコ隊長もそのあたりを勘定してここに配属したんんじゃないかな」
「うん、ユーリ美人だもんね! 犯されちゃうよ!」
「ぶふっ!」
あられもない言葉にユーリはせき込む。懲罰部隊は危険人物ばかりだと聞いていたが、舌禍で悩まされるとは思ってもいなかった。
「僕……男ですけれども」
「そうだね、何か問題あるのかい? ここは懲罰部隊だよ。男女のプライバシーなんてあるわけないじゃないか。貞操を守れないのはソイツが弱かった。それだけだよ」
ドミニクの言はある意味正しい。命令不服従以外は何でもありうるのがこの部隊だ。まともに生きてきた坊ちゃん嬢ちゃんは、ここで揉まれるうちに歴戦の勇者になるか、優れた娼婦になるかのどちらかだ。
「大丈夫だよー。ユーリは私が守ってあげるから! こう見えても私たちは強いんだよ!」
そう言い放ってサンタミカエラは自分の得物を見せつける。それは武器というよりは凶器といってもいいほどの無骨な戦斧だった。長さは百七十センチもあるだろうか。彼女の背丈よりもはるかに巨大である。
「ねえ、ユーリって何歳? 私と同じくらいなのかなー!」
流石に……とユーリは逡巡する。サンタミカエラの見た目は幼い。まるで成長が呪代前半で止まってしまったかのように。
「僕は16です。今年には17に」
ごく当たり前のことを言うのにも、何かためらってしまった。
「そうなんだ! 私たちよりも年下だね! ふふん、ドミニク。妹ができたよ!」
「えっ」
「よかったな、サン。私たちはいい姉妹になるだろう」
「だよね! ッーー頭……痛い」
サンタミカエラの体がゆらゆらとゆれる。頭を押さえて目をきつく閉じているようだ。ドミニクはそっと彼女の肩を支え、優しく首筋をもんでほぐしていた。
「またかい、サン」
「大丈夫ですか?」
「うん。ごめんね! さあ気を取り直して食堂でお茶でも飲もうよ! いこいこ!」
「まったく……。おい待ちたまえ、サン。あれは食堂ではなくただの土かまどだ。それにお茶ではなくてただの雑草汁だぞ」
ドミニクの訂正にユーリの顔は赤から青になる。手をいきなりつながれて上気していた肌に冷や水をかけられてしまった。
「ああ、えと。僕荷物に紅茶を持ってきてるから……よかったら二人ともどうかな?」
「紅茶!」
「飲むとも!」
それは今日見た二人の、最高の笑顔だった。
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