第13話 三騎士

 ベルニンスキーが完全に退出を終えたのを見計らったのか、ユーリに声をかけてきた男がいた。


「お疲れ様だお嬢さん。昇進おめでとう。それはともかく君の細い腕でよく敵将を倒せたな。フリジアの宗教馬鹿をどうやって袖にしたのか、俺に教えてくれないか?」


 その口調は親し気で、今しがた政治将校に忠告されたことを、全て無視したかのようなものだった。


「俺はクラリエフ。アルフレッド・クラリエフという。第三師団の副官を務めている」

 ユーリの顔に興奮の色が混じる。


(アルフレッド・クラリエフ……単騎で二千の兵を蹴散らしたと言われている、ヴォルガの英雄が僕の目の前に!)


 年のころは二十代後半。左目側に大きな縦の傷がある、筋肉質の男だ。銀狼との異名を持ち、その名の通り肩までの長さの荒い銀髪が特徴である。

 今までは武官用の四角い大きな帽子に髪がしまわれていたが、ベルニンスキーがいなくなった為か、右手で帽子をとってパタパタと顔を扇いでいた。


「お会いできて光栄です。まさか三騎士筆頭からお声をかけて頂けるとは……はっ!」


「どうした?」

「失礼ながら一つ訂正をさせてください。僕はれっきとした男です!」


「ははは、初対面で冗談は感心しないぞ同志。こんな会議に呼ばれて緊張しているのはわかるが、何も強がる必要はない」

「本当です。よく間違われるのですが」


「マジか?」

「マジです」


 二人の間を、寒風が通り抜ける。

нeeeeeeт!そんな馬鹿な


 クラリエフは机の上に突っ伏してしまった。額から、ごん、と。


「戦場を駆けること二十年、ようやく俺は女神を見つけたと……恋が終わった!」


 頭を両手で抱えて苦しがるクラリエフを横目に、もう一人の騎士が静かに口元を押さえる。歴戦の猛者に対して臆することなく失笑を漏らし、あろうことか肩を震わせている。


「くすくす、これは傑作。勇猛果敢にして剛毅果断の同志クラリエフでも、そのように空振りとすることがあるのですね。いや、これはなかなかどうして。くすくすくす」


 薄い茶色の髪を後ろで二つに束ねている、長身細身の女性。身に着けている軽装鎧は黒く塗装されており、光一つ映さない。腰には二本の長剣をさしている。


「笑うなウルリカ! 俺は運命を見たと思ったのに。くそ、なんてこった!」


「これが笑わずにいられますか。マゼイン同志中尉、挨拶が遅れましたね。私はウルリカ・チェルヴィンスカヤ、階級は少佐で、第六師団の副官を務めさせてもらっています」


「お会いできて光栄です、同志少佐どの」


(双剣のチェルヴィンスカヤ……。三騎士のうちのお二人と言葉を交わせるなんて)


「ふふ、美しい人物だと話には聞いていましたが、この目で見るとまた格別ですね。本当に端正な顔立ちです。羨ましく思いますよ」


 ユーリの目の前にいる二人の騎士は、ヴォルガにおいてその名は常勝を意味していた。過程において少々の粗があったが、ナサローク要塞にいるのであればい、ずれ邂逅していたに違いない。彼らが祖国の興廃がかかるこの戦いにおいて、参戦していないはずがないのだから。


 竜槍のクラリエフ。若き時より戦場にて生を過ごし、皇帝に献上した将の首の数は二百にも及ぶという。こと槍術に関しては無双の能力を誇り、家宝である竜槍と呼ばれる大槍で兵士を串刺しにしては空中に放り投げる、剛腕の持ち主だ。

 戦術家としても名高く、こと騎兵による急襲ではヴォルガで右に出る者はいない。


 隣にいるのは双剣のチェルヴィンスカヤはヴォルガ三騎士のなかでも一番の年少者で、唯一の女性である。

 オリハルコンの心臓と言わしめるほどの無尽蔵の体力と、高名な剣士であった祖父譲りの二刀流の腕前にて、個人の戦いでは無敗を誇っている。穏やかな性格をしているが、戦闘時には別人格が降臨したかと思わせるほどの、苛烈な攻撃で有名だ。


「ぐ、ぬ……。まあ、仕方がないか。夢だと思おう。で、ユーリよ、お前さんはどうやって『鎧の上から腹を刺した』。いくら頑丈な鎧通しでも、直接平面部分をブチ抜くことはできない。――どうやった?」


 ヴォルガの英雄は形式の囚われないのだろうか。気さくにユーリを名前で呼ぶ。


「いえ、その……。あの時は必死でしたので、あまり記憶が。ただ真っ直ぐに突き刺したとしか……」


「お前は魔法を使えるのか?」

「いえ、素質はあると言われましたが、特に何も身につきませんでした。なので剣を習ったのですが」


 そう、ユーリのミセリコルデは板金鎧の隙間ではなく、甲冑を直接貫通して腹部に達したのだ。軍人としてのユーリの筋力は低い部類に入る。訓練では相手の剣圧に弾かれることもざらだった。


 実はクラリエフが一番の問題としているのは、刺傷の綺麗さであった。まるで熱したナイフでバターを切るように、金属や肉体が抵抗を見せた痕跡がまるでなかったからだ。


「どうやら本人もわかっていない……か。言葉で追求しても仕方ないことだな」


「何にせよ敵将を捕らえた。その結果が大事ですよ、クラリエフ。うふふ、ユーリ、女性に間違えられるのが嫌なのであれば、もっと食べて筋肉をつけなさい。硝子細工のように繊細で、お尻だけ肉付きがよいとなれば、クラリエフみたいに道を踏み外す者が続出してしまいますよ」


「ウルリカ、お前なぁ……。あああ、今日一日は俺の黒歴史だ。誰か、過去の俺を殴りに行ってくれ……」


 二人のやりとりは、共に死線を潜り抜けてきた仲間同士でしか説明できない親しさを見せている。事実二人、もう一人の騎士をいれた三騎士は、幾度となくヴォルガ帝国の劣勢を覆してきた実績があった。


 これまで二人の行動を黙認していたボグダーノフ大将が、会議の締めとばかりに大袈裟な咳ばらいを一つする。


「ユーリ・マゼイン同志中尉。貴官の部隊はこのナサローク要塞に留まり、後続するアンドレイ・ベンディーク大尉の第199歩兵中隊と合流せよ。しかる後に前線勤務を命じる。結果を出している者を後方で遊ばせておくほど、我が軍には余裕はない」


「はっ。ご命令、確かに受領いたしました!」


「退室してよろしい」

「失礼いたします」


 敬礼を交わすと、ユーリはどこかほっとしたような顔で会議室を出て行った。考えたよりも叱責が少なかったことや、自分が昇進したこと、憧れの三騎士に出会えたことなど、様々な思いが綯交ぜになっていたことによる。


 そしてユーリは自覚していない。ボグダーノフ大将の言葉が指す意味は、ユーリが前線に出て屍の山に昇れということ。そしてユーリ自身の秘められた力に対しても注目されていることに。

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