三十三題目「枯れ野 姫 墨」


 不時着しそうな羽根をなんとか打ち返すが、容赦なく青年に叩き落とされてしまう。

「お兄ちゃん、ずるい」

 不貞腐れた顔の少女が、枯れ葉に埋まる白い羽根を拾う。額には『妹』と書かれていた。

「何事も本気でやることが大事だと、お前に教えてやってるんだよ」

 かさかさと、枯れ葉を踏んだ青年は少女に近づく。右手には、黒いマーカーペンが握られていた。

 少女の頬に『チビ』の文字が、新しく刻まれる。

「これって、消えるよね?」

「ああ、多分な」

「……ふん」

 不満げに鼻を鳴らして、少女が再び羽根を打つ。

「転校しても、バドミントンやるのか?」

 青年が軽く打ち返しながら、話しかける。

「うん。お兄ちゃんをぶっ殺したいから」

「それって、バドミントンのことだよな?」

「当たり前でしょ。本当に殺すわけないでしょ」

「いや、お前が言うとマジで聞こえるんだって」

 滑りやすい枯れ葉の上でも、危なげなくラリーを続ける二人。軽い音が、単調なリズムを刻む。

 長年、二人で打ち合っていることもあり、お互いの動きを理解しているのだ。

「でも、だいぶ上手くなってると思うぞ」

「う、うるさい!」

 少女の勢いよく打った羽根が、大きく弧を描く。

 落ちる場所を予測して、青年が移動するが、枯れ葉に足を滑らせてしまう。

 バランスを崩しながらもラケットを伸ばすが、後一歩のところで届かない。

「今度は、私の番ね」

 ニヤニヤと意地悪く笑う少女が、青年からマーカーペンを奪い取る。

「変なの書くんじゃねえぞ」

「分かってるわよ」

 額がくすぐったいのを我慢しながら、青年は少女が書き終えるのをじっと待つ。

「…………」

「おい、なんか長くないか?」

「……」

「咲姫(さき)!」

 不安になった青年が叫ぶと同時に、少女が書き終える。

 額の文字が気になり、ポケットのスマホを出そうとすると、着信を知らせる音が鳴る。

 画面を見なくても、誰かは分かっていた。

「お迎えの時間だ」

「いや! もう一回だけしたい」

 少女が涙を浮かべているのを見て、青年が少女の目線に合わせる。

「今度の楽しみに取っておこうぜ」

「でも」

「一緒に帰ろうよ。な?」

「……うん」

 『今度は、負けないから』と額に書かれた青年は、少女の頭を撫でて、歩き始める。

 一緒に帰るのは、これで最後だと感じながら。

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