三十二題目「曇 聖職者 ケチャップ」
黒衣には赤い汚れがべっとりと付いている。時間が経つにつれて、ポロポロと赤い米粒が床に落ちていく。
「……やっちまった」
オムライスの一部をスプーンに乗せたまま男は呟くが、既に手遅れだった。
聖なる黒衣を汚したことを知られれば、間違いなく司祭に怒られるだろう。
二十も過ぎた男が怒られることにビビるのは情けないとは思うが、司祭の雷を受けた者ならば、誰もが同じように考えるはずだ。
昼食のために出かけた司祭が戻るまで、あと数分。
ひとまず、オムライスが入った弁当箱を片付けながら、黒衣の汚れを消す方法を考える。
一番簡単な方法は洗濯することだが、司祭が戻ってくるまでには絶対に乾かない。代わりの黒衣を用意するにしても、自宅までは徒歩十五分。
汚れが見えないように何かを被せるか。だが、周囲には木でできた長椅子しかなく、被せれるものは何もない。
司祭に怒られないためには、どうすればいいのか。時間だけが過ぎていき、男は徐々に焦っていく。
とんとん、と教会の扉が軽くノックされる。
「今、戻った」
司祭の生真面目そうな声が、扉の向こうから聞こえた。開きそうな扉を、タックルするように体で押さえる。
「な、なにをするんだ、君は」
「じ、実は、結菜さんがお弁当を扉の前でこぼしてしまって」
「何! また彼女か」
心の中で同僚の結菜に謝りながら、男は更に続ける。
「自分はここを掃除するので、先に昼の巡礼の準備をしてください」
「私も手伝おうか?」
扉が再び開こうとするが、強引に閉じる。
「だ、大丈夫ですから」
「そうか。では、先に行っているぞ」
足音が遠ざかるのを聞き、男は息を吐く。
だが、もう時間はない。残された手段は一つしかなかった。
男は外に出ると、雨が止んでいることを確認する。
昨日から雨が降っていた地面はぬかるんでいて、濁った水たまりが曇天を映していた。
男は意を決して、水たまりへとダイブする。黒衣が泥で汚れていき、男の全身を不快な感触が覆った。
しばらくして、戻ってきた司祭が横たわる男を見下ろす。
「何をしてるんだ、君は」
「久しぶりに童心に帰ろうかなと思いまして。司祭もどうですか? 楽しいですよ」
「……今日はもう休みなさい。巡礼は私一人で行くから」
哀れなものを見るような表情で、司祭が呟いた。
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