三十一題目「犬 銀色 絵の具」

 スケッチブックには、夜に浮かび上がる銀色の犬がいた。

 上空に浮かぶ三日月に吠えるその姿は、本物のような存在感があり、遠吠えまで聞こえてきそうだった。

 毛並みの一本一本まで細かに描かれていて、小学生が描いたものとは思えない。

「君が描いたんだよね?」

 リビングのソファーに座る青年が、隣に座る少年に尋ねる。能面のように表情が動かない少年は、こくりと小さく頷く。

 銀色の犬の絵を見ながら、青年はため息をつく。

 目の前の少年は友達の弟で、ある晩に銀色の犬を見てから喋れなくなったらしい。友達は話せるように色々と試みたが、全くのお手上げだった。

 もしかしたら話すきっかけになるかもしれないと思い、放課後等デイサービスでバイトをしている青年がここまで来たのだ。

「このワンちゃんって、本当に見たの」

 少年が小さく頷くと、ゆっくりと指を差す。たどっていくと、そこはカーテンで閉ざされていた。

 青年がカーテンを開けると、大きな窓があった。

「ここにいたの?」

 少年が頷く。

 青年はスケッチブックと窓の景色を見比べる。たしかに、構図が似ている気がする。

 だが、もちろん銀色の犬の姿はない。

「やっぱり、いないじゃ--」

 青年が振り返った直後、部屋の中に大きな影が落ちる。

 少年がソファーの上で、小さく丸まって震えている。必死に『ナニカ』から視線を逸らしていた。

 振り返るなと本能が警鐘を鳴らすが、体が言うことを聞かずに振り向いてしまう。

 大きな銀色の犬がこちらをじっと見つめている。まるで、獲物を見定めるように。

 黄金に輝く瞳に魅入られて、青年は全く動くことができなかった。


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