三十題目「雪 粉屋(人) 宿」

「金を持っていないだと!」

 恰幅のよい男が、目前で土下座する青年を怒鳴りつける。

 木目の床から、青年が顔を上げる。その目から大量の涙が溢れていた。

「この吹雪のせいで道に迷ってしまって! 仕方なかったんです!」

 涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、青年が何度も頭を下げる。

 男が窓の外を見る。雪と風に遮られて、周囲は全く見えない。

 寒さに震えるように、窓枠がガタガタと音を鳴らしていた。

 青年の気持ちもわからないわけではないが、宿を経営する身としては、そうも言ってられない。

「お金の代わりになるものは持ってないのか?」

「代わり……ですか?」

「無料にできるほど、うちも余裕はないんでね」

 男の太い手を、青年ががっちりと両手で掴む。

「ありがとうございます。ありがとうございます!」

「べ、べつに、商売だからな」

 強引に手を離して、男は苦笑いを浮かべた。

 涙を拭いた青年が、泊まっている一階の部屋へと向かう。

 しばらくして、部屋を出た青年は包装された袋を持っていた。

「これはどうでしょうか?」

 差し出された袋には『お好み焼き粉』と書かれている。

「この粉でお好み焼きを作ると、絶品なんですよ」

「はあ」

男は怪訝な表情を浮かべる。

「お疑いなら、一度作ってみたらどうですか?」

「まあ、そう言うなら」

 袋を受け取った男が、手際良くお好み焼きを作ってみる。

 一見、普通のお好み焼きにしか見えないが、本当に美味しいのだろうか。

「さっそく一口」

 青年に勧められて、男は渋々一切れ食べてみる。

「う、うまい!」

「そうでしょう、そうでしょう」

 青年が何度も頷いている。

 男は手を止めることができず、お好み焼きを食べ続ける。

「こんなに美味しいお好み焼きは、初めて食べたよ」

「それはお譲りした甲斐があります」

「ちなみに材料はなんなんだ?」

 青年が、にこやかな笑みを浮かべる。

「それは内緒です」

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