二十七題目「インゲン豆 地主 廃屋」


「この豆と土地を交換しませんか?」

 玄関前で、商人が手もみをしている。その顔には下卑た笑みが張り付いていた。

 少年の目前には、若々しい緑の細長いさやが置かれている。商人が『インゲンマメ』と呼んでいたものだ。

 正直、このさやの価値はわからないが、どうしても土地と同じとは思えない。

「やっぱりいいです。この土地はじいちゃんからもらった物だし」

「そんなことは言わず、この豆は本当に手に入らない物でして––」

 長々と『インゲンマメ』の価値を語っているが、どうにも信用できず、少年は大変なことになったと改めて実感した。

 幼い頃に一度しか会っていない祖父が死んだと知らされたのは、数日前だった。

 両親が死んでからはこの家––ほったて小屋と呼ぶらしい––で一人暮らしていた少年には、あまりピンと来なかった。

 だが、この辺り一体の地主だったらしい祖父の土地を相続してからは、街に降りるたびにさまざまな人に話しかけられるようになった。

 その中でも、家まで着いてきたのは目の前の商人が初めてだった。

「どうです、交換してくださいませんか?」

 商人が笑顔を浮かべるが、どうにも胡散臭い。

 このまま話しても埒があかないと思った少年は、ある提案をする。

「それなら、このインゲンマメが本物なのか、街の人に見せてもいい?」

 商人の笑顔が固まった。

「これはかなり高価なので、街の人は見たことがないかもしれませんが」

「それでも、一応確認したいので」

「いえいえ、そういう訳には」

 商人の顔から汗がわっと出てくる。ポケットから取り出した布で、拭き始めた。

「じゃあ、この話はなしで」

「い、一日だけ待ってもらえませんか?」

「……まあ、一日だけなら」

 少年がそう言うと、商人はさやを持ってすぐに立ち去る。これで、もう二度と来ないだろう。

 これからああ言う輩が増えると思うと、少年は頭を悩ませた。


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