二十六題目「野原 偽者 万華鏡」
万華鏡の中を覗くと、そこには草原が広がっていた。
目を離すと、様々な物が散らかった自分の部屋へと戻る。
万華鏡の筒––トイレットペーパーの芯で作られたものを見る。俺の名前である『立花二葉』と書かれていた。
自分の部屋を整理していた時に出てきたのが、小学生の頃に作ったこの万華鏡だった。
懐かしさを感じて覗いてみると、なぜか草原が見えていたのだ。
不可思議な現象への興味が湧き、再び万華鏡を覗く。
丸い視界に映るのは、風が吹き渡っている草原だった。
若々しい緑の大地と雲一つない青い空。それ以外には、何も見当たらない。
いや、草原の中央にポツンと一人立っているのが見えた。遠くにいるため黒い影のようにしか見えず、顔まではわからない。
万華鏡を離して、再び自分の部屋へと戻る。
この万華鏡は何なのだろうか? なぜ草原が見えるのか? 謎は膨らむばかりで、何もわからない。
少しでも手がかりを探すために、もう一度万華鏡を覗く。
先ほどの景色よりもう少し近い距離になったようで、遠くに立っていた人物を観察することができた。
俺とそんなに変わらない、二十代くらいの男のようだ。どこかで見たことがあるような気がするが、全く思い出せない。
背中には黒いリュックを背負っていて、それ以外の荷物は持っているようには見えない。旅行というよりは、通学や出勤するような軽装だ。
目を凝らしてみるが、他に手がかりは見当たらない。
もしかして、万華鏡から視線を外した後に見ると、近づくのではないか?
そう思って、万華鏡から視線を外して、もう一度見る。
やはり、先ほどより近くなっていて、男の表情が見えるほどだった。
どこを眺めているのか、黒い瞳は空をぼーっと眺めていた。ただ、無表情なせいなのか、あまり正気を感じさせない。まるで、死者のような。
そこまで考えた瞬間、男と視線が合う。
慌てて、万華鏡から視線を外す。背中に嫌な汗が流れ始めた。
万華鏡を覗くたびに近づいている。次見た時にはもう目の前では––。
そう思いつつも、恐怖よりも興味が勝ってしまい、恐る恐る万華鏡を覗く。
視界に映ったのは、緑の草原ではなく、真っ黒な瞳孔だった。
「うわ!」
俺は声を上げて、万華鏡をゴミ箱に投げ捨てる。
次に見た時にどうなるのかを考えたくなかった。
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