二十一題目「薬草 乾物屋(人) 戸」
「……あれ?」
配達に出ようと、乾物屋が引き戸を開けようとする。だが、ガタガタと鳴るだけで全く動かない。
手の感触から、向こう側で何かが引っかかっていることがわかる。
どうやって開けるかを考えながら引き戸を眺めていると、誰かが近づく足音が聞こえた。
「すいませ〜ん、そこに誰かいますか?」
「……はい」
弱々しい小さな声で分かりづらいが、どうやら女性のようだ。
「もしよかったら、ここを開けてくれませんか」
「……」
「あの、開けてくれませんか」
聞こえていないのかと思ってもう一度声をかけるが、反応がない。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「え、ええ。構わないですけど」
この状況で何だろうと思いつつ、乾物屋は聞き逃さないように耳をすます。
「トリカブトの球根ってありますか?」
「トリカブト、ですか?」
「はい、そうです」
乾物屋の背筋が寒くなる。
トリカブトは漢方にするために常備しているが、猛毒として知られているのだ。
「それをいただけるなら、戸を開けますよ」
「球根を何に使うんですか?」
「……あなたには関係ないですよ」
乾物屋は頭を抱える。
早く配達に行きたいのだが、今はそれどころではない。この女性を説得しないと。
「そういうことなら、渡すことはできません」
「……いいから、早く渡してよ!」
ドンと戸を強く叩かれる。
いつ爆発するかわからない爆弾を前に、乾物屋は必死に頭を巡らせる。
今渡さなくても、彼女はどこかで必ず手に入れるだろう。そのためにも、今止めなければならないのに、方法が思い付かない。
しばらくの間、無言の時間が流れる。
「浮気、されたの」
向こう側から、ボソリと聞こえた。
「結婚の約束もしてたのに、なのに、式の前日に、あの男が」
悲しげなその声が、徐々に涙声に変わっていく。
「あいつの目の前で死んで、一生後悔させてやるのよ!」
彼女の思いが、痛いほど伝わった。
自分の言葉では、彼女を止めることはできないことも。
「わかったよ」
「本当?」
「ああ」
向こう側で動く気配がした後、引き戸が開かれる。
初めて、彼女の顔を見た。色白の幸薄そうな女性だった。
「早く渡して」
「ああ、渡すよ。ただし、僕もついていく」
女性が驚いた顔をする。
「な、なんで」
「僕が大切に育てた花で、誰かが死ぬのは嫌だから」
「……もういい!」
女性が去っていく。
乾物屋が、その背中を追いかける。
「たとえどこにいても、君を止めるから」
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