十九題目「カメ 地主 ベーコン」

 腰を曲げた祖父が、細切れのベーコンを池に放り投げる。

 池の水面からひょっこりと、亀が顔を出した。

「今日も元気そうだな、亀之助は」

「ちょっと、おじいちゃん!」

 池の近くにある虫取り網を持って、良樹が沈んでいくベーコンをすくい上げる。

 目の前から餌が消えた亀が、不思議そうに周囲を見渡す。

「なにをしとるんじゃ、良樹。亀之助の餌じゃぞ」

 虫取り網から濡れたベーコンを取り出し、良樹が呆れる。

「だから、ベーコンはダメだって言ってるでしょ」

「……」

 良樹が祖父に注意するが、全く聞いている様子はない。

 祖父が再びベーコンを投げようとするのを見て、良樹は強引に取り上げる。

「死んじゃうからダメだって」

「亀之助なら大丈夫じゃ。毎日上げとるじゃろう」

「いつもはキャベツでしょ」

 良樹が持ってきたキャベツの切れ端を渡す。

「これなら大丈夫だから」

「亀之助はこんなもん食べんと思うがのう」

 ブツブツと文句を言いながらも、祖父は渋々キャベツの切れ端を池に放り投げる。

 やっと餌を見つけた亀が、ノロノロとキャベツの方へと泳いでいく。

 良樹は本日何度目かわからないため息を吐く。

 祖父の物忘れがひどくなったのは、一ヶ月ほど前。

 亀にあげていたキャベツが、いつの間にかベーコンへと変わっていたのだ。

 最初は勘違いだと思っていたが、次の日も、その次の日も同じようにベーコンをあげていたため、心配になった両親とともに病院に連れて行くと、認知症が進行していることがわかった。

 仕事で忙しい両親の代わりに大学生の良樹が様子を見ることになったのだが、毎回注意するのは流石に骨が折れる。

 縁側に戻った良樹が、祖父を監視する。

「美味しいか、亀之助?」

 祖父の言葉を聞きながら、亀がキャベツを食べ始める。やっと餌にありつけたからか、いつもより食べるスピードが早かった。

 こうして見ると、祖父はいつもと変わらないように見える。

「おじいちゃん」

 祖父が振り返る。

「もし、亀之助がおじいちゃんの顔を忘れてたらどうする?」

 何故そんなことを聞くのかわからず、祖父が不思議そうな顔をする。

「それでも変わらんよ。わしがやることは」

 祖父がキャベツを千切って、池に投げる。

「……そっか」

 視界の端に祖父を捉えながら、良樹は大学の課題を再開した。


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