十六題目「胡瓜 看護師 ネックレス」

「これ、何?」

 春の木漏れ日が差し込む病室の窓際。

 清潔感のあるベッドで寝転ぶ青年が、怪訝な顔をしてたずねる。

「何って、快気祝いだけど」

 白衣の女性が当然のような顔をして、青年を見下ろしていた。

 青年は、再び目前に置かれたものを見る。

 ベッドの横に置かれた小さな机の上には、きゅうりのネックレスが置かれている。しかも、三千円の値札つきだ。

「……久しぶりに再会した同級生に送るか、普通」

「しょうがないでしょ。家にあったの、コレしかないんだから」

 だとしても、値札は外して欲しいと青年は思う。

「まあ、良かったじゃない。骨折した足も元どおりになって」

 女性が陽気な笑顔を浮かべる。高校時代の姿が重なり、青年は改めて懐かしさを感じた。

「あんたも災難ね。駅の階段から滑って骨折するなんて」

「俺じゃなくて、後ろの人の下敷きになったらしいんだけどな」

 実は、青年には骨折した時の記憶がない。

 頭を強く打ったようで、前後の出来事は担当医からしか聞いていないのだ。

「結局、誰かわからないんだっけ?」

「ああ。誰も見舞いに来ないからな」

 ふーんと相槌を打つ女性を尻目に、青年は溜息をつく。

 入院してからの二ヶ月間。数少ない友人も見舞いに来ないので、誰の下敷きになったのかは不明なままだった。

 不意に、前のベッドの男性からの敵意の視線を感じ、青年は慌てて話題を変える。

「というか、こんなところで喋ってていいのかよ?」

「別に。今、休憩中だから」

 看護師が休憩中に患者と会話してもいいのかと思うが、退屈が紛れる青年にとっては感謝しかないので、それ以上は何も言わなかった。

「私もよく〇〇駅通るけど、夜勤の帰りとか降りるだけでもしんどいのよね〜」

「たしかに。あそこの階段、段数が多ーー」

 そこまで話して、青年は女性の言葉の違和感に気づく。

「……〇〇駅の階段で落ちたって、話したっけ?」

 女性の動きが固まる。

「えっと、ほら、運ばれてくるときに聞いたのよ」

「でも、お前、その時当直じゃなかったって」

 女性が顔を背ける。青年からは表情が見えないが、両耳が徐々に赤く染まっていく。

「もしかして、お前……」

「そうよ! あんたが下敷きになったのは、あたしよ」

 キレ気味の早口で、女性が答える。

「なんで、黙ってたんだよ」

「……うるさい、バカ」

 バカバカと呟く女性を見て、不覚にも可愛いと思ってしまった。

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