十四題目「沃地 地主 掛軸」
「買ってくれませんか?」
腰まで伸びた長い黒髪の女性とガラス越しに視線が合い、青年は足を止める。
色白の美女との出会いに浮き足立つが、女性の体が《半透明》なことに気づき、すぐに通り過ぎようとする。
「何で無視するんですか!」
ガラスをすり抜けた女性が、青年の前に立ちふさがる。
「うわ!」
青年が足を止めて、驚きの声を上げる。
「やっぱり、見えてるじゃないですか」
半透明の女性が、青年を半目で睨む。
反論しようとするが、周囲からの視線が集まっていることに気づく。
仕方なく、ポケットから携帯電話を取り出し、小声で女性に話しかける。
「関わりたくないんですよ、幽霊とは」
「そんなこと言わずに、お願いします。あの掛け軸を買ってください」
溜息をつきながら、半透明の女性が指差す方を見る。
先ほど女性がいたお店で、入り口の上には「立花古美術店」と書かれた看板がある。
中には置物や陶器が所狭しと飾っていて、素人にはどれも同じようにしか見えなかったが、その中でも一際目立つ掛け軸があった。
その掛け軸には、桜の枝が大きく描かれている。色合いも鮮やかで、遠くからでも目に留まる。
不意に、下に貼られた値札が視界に入る。
「18万‼︎」
ただの大学生である青年には手を出すことができない値段だ。
「悪いけど、他を当たってくれ」
「そ、そんな」
「僕じゃ、あんな高いのは……」
幽霊と関わることだって、そもそも嫌なのだ。
先ほどの周囲の視線を思い出す。まるで気持ち悪いものを見るかのような、刺々しい視線を。
幽霊が見えることで、変な目で見られることが多い青年にとっては、あの視線が最も苦痛なのだ。
「なんで、あの掛け軸を?」
女性は俯く。
「元々は私の父のなんですが、盗まれてしまって」
「お父さんの?」
「すごく大切にしていたものなんです」
女性の瞳が揺れる。
「あれを取り戻さないと、私は……」
女性の視線から、青年が目を逸らす。
女性の気持ちはわからないでもないが、青年には関係がないことだ。
彼女が見えているのは自分だけ。それならば、自分が見えなかったことにすれば––。
……。
……そう思えたら、楽だったのに。
「ちょっと、待っててください」
女性を置いて、青年が古美術店に入る。
中で、店長らしき人物としばらく話した後、店を出る。
「ひとまず、キープしてくれるみたいなんで」
「本当ですか!?」
女性の嬉しそうな顔を見て、青年はこれからの苦労を考えて溜息をついた。
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