十二題目「ひなどり 執事 筆」

「16点ですよ。おぼっちゃま」

 燕尾服に身を包んだ長身の男が、ノートを机に置く。

 対面に座る少年が、男を睨みながらノートを手に取る。

 ノートにはひらがなが書かれているが、文字の形が崩れていて、ミミズがうねっているようにしか見えない。

「このままでは、今学期最後のテストで醜態をさらしますよ」

「うるさいな! それをどうにかするのがお前の仕事だろ!」

 少年がノートを床に叩きつける。

「物を大事にするのも、教えなければなりませんね」

 少年が歯を食いしばり、勢いよく部屋を飛び出す。

 ため息をついて、男がノートを拾う。

 執事として働き始めてから半年は経つが、少年との関係は決して良好ではなかった。

 両親から甘やかされた少年は、何人もの使用人を困らせる問題児へと育っていたが、学校では優等生として振舞っているため、男が執事として雇われたのだ。

「私の言い方も、問題ですかね」

 男がノートを持ったまま部屋を出ると、煌びやかな装飾がある廊下を歩いて自室へと入る。

 次の課題の準備をした後、取っ手に手をかける。

「……おや?」

 扉を横にスライドさせようとすると、何かがつっかえているのか、ガタガタとしか動かない。

「ざまあみろ、くそ執事!」

 扉の向こうから少年の声が聞こえた。

「僕に土下座して謝るなら、そこから出してやるぞ」

「……ふざけていないで、開けてください」

「僕は本気だぞ!」

 少年を説得することを諦めて、窓の外を見る。

 この部屋は二階にあるため、地面に飛び降りても軽症で済むだろうが、少年は二度と男の指示に従わないだろう。

 かといって、隣の部屋までは距離が足らず、飛び移るのは不可能だ。

 顎に手を添えて、男はしばらく考える。

「どうだ、土下座する気になったか?」

 勝ち誇ったような笑みを含む少年の声。

 あまり気は進まないが、どうやら手段は選んでいられないようだ。

「おぼっちゃま、扉の前にはいませんよね?」

「はあ? なんでそんなことーー」

「答えなくても結構です。今ので、大体の位置は把握したので」

 男は扉の前まで戻り、体を軽くほぐすとーー


 瞬間、扉に向かって蹴りを放つ。


 扉が吹き飛び、豪華な廊下の壁に叩きつけられる。金具がひしゃげて、廊下に散らばっていく。

 部屋の外に出ると、少年が腰を抜かして倒れていた。

「10分後に来てくださいね。おぼっちゃま」

 呆然とする少年を置いて、男は何事もなかったかのように歩いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る