十題目「パセリ 掃除夫 燭台」
「なんなんだ、これは」
目前の惨状を見て、俺は思わず呟いた。
ワンルームのリビングに、倒れた燭台と大量のパセリの粉が散らばっている。
何が起こったらこうなるのかを聞いてみたいが、部屋の主である娘は大学に行っているようで、靴が玄関にない。
ひとまず床を綺麗にするために、部屋に上がる。
娘は今年の四月から大学に通うため、アパートで一人暮らししたいと言ったのが始まりだった。
親としては送り出すのが当たり前かもしれないが、娘の生活力のなさを知っている俺は反対した。
それが原因で、一度も話しができないまま二ヶ月も過ぎてしまい、いつの間にか妻を味方につけて一人暮らしをしていたのだ。
心配になった俺は、なんとか有給をとって娘に会いに来ていた。
一度も使っていないのか、少し埃を被った掃除機を動かしながら、妻の言葉を思い出す。
『あおちゃんに無断で行ったら、怒られると思うわよ』
そうかもしれないが、電話にも出ないのだから仕方がない。それにしても、なぜパセリと燭台がーー
「勝手に入らないでよ!」
扉が開く音と同時に、怒号が耳を叩く。
振り返ると、娘が仁王立ちしていた。
「あおちゃん、大学の授業は終わったのか?」
「あんたには関係ないでしょ!」
そう言うと、俺の手にある掃除機を強引に取り上げて、元の場所に戻す。
「さっさと帰って。忙しいんだから」
「もう少し、話をーー」
「いいから帰って!」
娘に押し出されて、扉を勢いよく閉められる。突風が顔に叩きつけられた。
このまま帰ったら、二度と話ができないかもしれない。
「扉越しでも構わない。少し、話さないか?」
扉の向こうに気配はない。それでも、父として伝えなければ。
「優子から聞いたんだが、アロマセラピーの仕事を目指しているんだな」
「……」
「私が匂いに敏感だから、一人暮らしをしたかったんだろ?」
「……」
「すまない。そんなことを知らずに、頭ごなしに否定して」
「……別に、気にしてないから」
扉越しに、わずかに聞こえる娘の声。
「ゴールデンウィークには、家に帰るから」
「あ、ああ。待ってる」
「今度来るときは、事前に連絡して」
「わかった」
伝えたいことは伝えることができたため、帰ろうとすると、
「それと」
「……?」
「今度帰る時、大好物の焼きそば作ってあげるから」
「……楽しみにしているよ」
今度こそ、背を向けて帰っていく。気持ちは晴れ晴れしていた。
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