九題目「草花 偽物 屋台」

 白いタオルを頭に巻いた男が、慣れた手つきでマーガレットを包装する。

「はい、まいどー」

「ありがとう、おじさん」

 笑顔を浮かべて手を振る女の子を見送り、男は花に彩られた屋台に戻る。

 屋台の上には「花屋 みつばち」と書かれた看板が掲げられていた。

 客を待つ間、男が黙々と花の容態を観察していると、


「お花、くださ〜い」


 聞き慣れた男の子の声が聞こえて、男は屋台の下を覗く。

 そこには、ひまわりの笑顔を浮かべるランドセルを背負った男の子がいた。

「また来たのか」

「うん。お母さんが見に行けって」

 男が鼻を鳴らす。

「あいつが、そんな心配するかよ」

「お父さんも、がんこだねー」

 男の子が呆れた笑みを浮かべる。

「あいつが結婚指輪を失くすからだろ。高かったんだからな、あれ」

「お母さんも反省してるし、すぐに見つかったんだからいいじゃん」

「……そういう問題じゃねえんだよ」

 屋台の植木鉢に水をやる男を見て、男の子がため息を吐く。

 男の子の言う通り、自分は頑固なのかもしれない。

 だが、値段だけではない大事な価値が指輪にはあるのだ。それを失くされて、簡単に許せるわけがない。

「じゃあ、どうしたら帰ってくるの?」

「あいつが謝りに来たら、許してやらんことはない」

 男の偉そうな態度に、子供は呆れる。

「お母さんが仕事で忙しいから、代わりに来てるんだよ」

「だったら、一生帰らねえ!」

「……どっちが子供かわからないね」

 子供が肩をすくめる。

 何も言い返せない男は、苦し紛れにしっしっと手を振る。

「もう帰るけど、お父さんも早く帰ってきてよね」

「あいつが謝りに来たらな」

 男の子が屋台から離れようとして、突然振り返る。

「そうだ。お母さんに渡してって言われたんだった」

 ポケットから封筒を取り出すと、男の子が屋台の上に置く。

 頭の中に離婚届が浮かび、慌てて封筒から中身を取り出す。そこには、マーガレットの絵が描かれていた。

「それじゃーー」

「ちょっと待て」

 男の子が足を止める。

「……一人じゃ危ないから、俺もついて行ってやる」

「わかったよ」

 何もかもわかっているかのような男の子の笑みに、男はふんと鼻を鳴らした。



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