八題目「つる 落ちる 掛軸」


「絶対、お前だろ?」

「違うよ。兄さんだろ」

 畳が敷かれた六畳の和室。そこで言い合うのは、二人の兄弟。

 兄の方はサングラスをかけた男がプリントされた洋服に身を包んでいる。目にかかる長さの黒髪をワックスでセットしていて、ギターケースを下ろしていた。

 弟の方は紺色のジャージ姿。寝癖がついたボサボサの黒髪のまま、欠伸をしている。

 二人が言い合う原因は、和室にある鶴の掛け軸。

 鮮やかな日の丸を背に立つ一羽の鶴が、池に立っている。白い羽の一つ一つが丁寧に描かれていて、見るからに高価だと分かる。

 そんな立派な掛け軸に、真っ黒なシミが広がっていた。

 掛け軸が置かれた壁際には、コーラのペットボトルが倒れている。中身はほとんど残っていない。

「じいさんの掛け軸には、なにもしてねえよ!」

「だったら、なんで汚れてるんだよ」

 弟がぼんやりとした目つきのまま、掛け軸の汚れを指差す。

「だから、俺がここに来た時にはコーラがこぼれてーー」

「嘘だね。この間、おじいちゃんのツボ割ったときも、そう言ってたでしょ?」

 痛いところを突かれて、兄が顔をしかめる。

「お前だって、この間じいさんの茶飲みを割ったくせに。しかも、俺のせいにして」

「……あれは、兄さんなら誰も疑わないと思ったんだ」

 弟がわざとらしく視線をそらす。

「少しは謝れよ!」

 兄の剣幕に弟は怯む。

「と、ともかく、このコーラをなんとかしないと」

 話をそらすように、弟がコーラのペットボトルを回収する。

 背後でパシャりと音がした。

 振り返ると、兄が携帯電話のカメラを向けている。

「現行犯だな」

「何撮ってるんだよ!?」

 兄から携帯電話を取り上げようとするが、携帯電話を掲げられる。

「早く消してよ」

「うるせえ。これで、お前は終わりだ」

 弟は何度も跳ねるが、身長差があるせいでなかなか掴むことができない。

 二人が携帯電話を取り合っていると、一人の老人が和室に入ってくる。

「お前ら、何を騒いどるんじゃ」

 二人が同時に老人を見る。

「にいさんがコーラをかけた犯人なんだ」「こいつが、コーラの犯人だ!」

 二人がお互いを指差す。

 老人はため息をつく。

「それは、わしがこぼしたんじゃよ」

 二人の顔が固まる。

 老人は手に持ったタオルで掛け軸のシミを拭き取ろうとする。

「本当に、お主らは似た者兄弟じゃの」

 老人は呆れたように息を吐いた。

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