七題目「陰謀 突破 森」

 枯れ木の間を走り抜けながら、少年は背後を振り返る。スコップを持った男が、まだ追いかけていた。

 もう一時間以上逃げ続けているが、男との差は開くことはない。

 こんなことなら森に入るんじゃなかったと、少年は息を切らしながら思っていた。



 いつもの日課であるランニングをしていた少年は、毎日通る森のルートの途中で、スコップを持った見慣れない男が目に入った。

 男は周囲を頻繁に確認しながら、スコップで地面を掘っている。傍らには、銀色のアタッシュケースがあった。

 男の動きが気になった少年は、木の陰に隠れて見守る。

 地面を掘った後、男はケースを必死に押して穴の中に入れると、再び埋めていく。

 サスペンスドラマのような場面に、少年は逃げ出そうと後ずさる。


 ーーパキッという音が響く。


 少年が足元を見ると、二つに分かれた小枝があった。少年が慌てて振り返ると、スコップを持った男と視線が合う。

 瞬間、少年は一気に飛び出していた。



 いつまで走ればいいのかと、少年の体が疲労で重くなる。早く家に戻って、テストの勉強をしないと。

 そう思った直後、足がもつれて前に倒れ込む。膝の辺りに痛みがあるが、今は気にする余裕はない。

 すぐに立ち上がろうする少年を、大きな影が覆う。

 振り返ると、男が手を伸ばしていた。恐怖で体が竦み、目を瞑る。

「ご、誤解なんです!」

 必死な男の声が聞こえて、少年がゆっくりと目蓋を開ける。

 男がスコップを地面に置いて、両手を上げていた。

「は?」

「ぼ、僕は友達とのタイムカプセルを埋めてだだけで」

「……あんな大きいケースが?」

 少年が男を胡散臭い人のように見る。

「ほ、ほんとです。なんなら、見に来ますか?」

「そう言って、俺を埋める気なんだろ」

「違います違います」

 男は、首を横に何度も振って否定していた。

 さっきまで感じていた恐怖は消え、男の気弱さに毒気が抜かれる。

「わかった。あんたを信じるよ」

 男が安堵したように息を吐く。

「驚かせて、悪かったね」

「それじゃあ、俺はもう行くよ」

 足早に去っていく少年に、男は手を振る。




「危うく、バレるところだった」

 男がスコップを地面から拾う。

 ズボンの裾には、べっとりと赤い何かが付いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る