第33話「模擬戦、鑑賞します!」
五日後の朝。
眠たい眼を擦りながら、エリオットの訓練棟に到着した。
エリオットは訓練着に着替えると言って更衣室に行ってしまった。
私は広い訓練場の外側に立って他の人たちの模擬戦を見ていた。
近衛騎士団のように獣人騎士団でも属性魔法を使っている人がほとんどで、燃え上がる炎や、空から雷を降らせる獣人など様々だ。
「エリオット様、まだかしら!」
「ええ、早くエリオット様の剣技を見たいわ!」
私の隣に立っている女の子たちがざわざわとエリオットのことを話している。
ミルさんやナジェリさんが私の番がエリオットだと聞いたとき、すごく食いついてきたから彼は女性に人気なのだろう。
女の子たちはまだかまだかと待ち構えながら他の模擬戦を見て、「あの人身体つきが最高!」「あの人の手見て! 骨ばっていて素敵!」などと盛り上がっていた。
「知ってるか? アルヴィーン殿下の話」
「なんだ? 殿下に何かあったのか?」
その名前にドキリと心臓が焦る。
次の模擬戦に参加する予定の団員たちの話がちょうど耳に入ってしまった。
聞きたくもない名前。殿下だ。
「なんでもアルヴィーン殿下が婚約破棄した相手を探しているらしい」
「ああ、それは俺もこないだ聞いた。今の妃殿下が全く力にならないんだろ?」
「そうだ。それで以前に婚約していたその令嬢を探しているらしい。その令嬢のほうが優秀なんだと」
……そりゃそうだわ。
ミリアはいつも成績が中の下だったし、鬼のような妃教育なんてされていないもの。
浅くため息を吐く。
だからって、今更殿下の婚約者に戻る気なんて毛頭ない。
そんなの殿下の都合が良すぎる。
ミリアが『運命の番』だから、私が太っているからという理由で婚約破棄したくせに、結局自分の力にならないから私ともう一度婚約したい?
ふざけるのも大概にしてほしい。
イライラしてもう一度ため息を吐こうとしたとき、隣の女の子たちがキャーッ! と黄色い歓声を上げた。
「エリオット様よ!」
「エリオット様ー!」
エリオットが訓練場にやってきて、女の子たちに手を振っていた。
鎧を身に着けていて、腰に剣を携えている。
私と目がかち合った。
エリオットは微笑んで……口パクで何やら言っている。
分かりやすく口を開けて、「応援してて」と言い、そのあと頭にバシネットを被った。
口パクをしていたことに、女の子たちは気づいていない。
私だけに向けたメッセージにドキドキと心が揺さぶられた。
そのまま、模擬戦が開始される。
エリオットは……今まで見たことがなかったからわからなかったけれど、氷魔法の使い手だった。
剣に氷魔法を付与し、一振りすれば冷気がここまで漂ってくる。
魔力が相当あるのか、剣だけじゃなく手からも冷気を集めて氷の矢を作り出し、相手に放っていた。
その矢を相手が避けると、パラパラとその場に氷の雨が降る。
太陽に反射して天気雨のように煌めいていた。
……なんて、綺麗な魔法なのだろう。
「見惚れてるね、アイリス」
「……! フレッド」
バシネットを取ったフレッドが、いつの間にか横に立っていた。
フレッドはエリオットの模擬戦の前に戦っていたのだろう。
髪が少し乱れ、額から汗が流れていて、本人がハンカチで拭いている。
「エリオットはとても綺麗な剣の使い方をするだろう。そして、彼の氷魔法は美しい。いろんな女性が憧れるのもわかるだろ?」
「そう、ですね……すごく、綺麗です」
「ああ。そうだ、魔法や剣を使っていてもこの鎧は防御耐性が付与されてるから。当たっても大丈夫なように作られてるから、安心してね」
……ミルさんたちが、獣人騎士団は本当に身体も心も強い獣人だけしか入ることができないと以前私に言っていた。
だから、その中で副団長になれているエリオットはとても強いのだと。
その中でもただ強いだけでなく、美しく戦うエリオットの姿は……圧倒されてしまう。
氷と剣先が太陽に当たって煌めく。
氷魔法を使っている人が全員こんな風に綺麗に戦えるわけではないことが、エリオットの前の模擬戦でわかっていた。
エリオットは、どれだけ魔法と剣技の練習に励んだのだろう。
彼が人並みならぬ努力をしていることが、この模擬戦ですごくわかった。
「あ! エリオットさんの番さんですかー!?」
エリオットが無事勝利し、模擬戦が終わると、犬の獣人がぴょこぴょこ走ってやってきた。
犬のようなきゅるんとした大きな茶色の瞳で、可愛らしい顔立ちの男性だ。
「アイリスさん、ですよね! 俺、ルギルって言います。獣人騎士団第一班の団員です。エリオットさんが模擬戦をしてたときに、俺も奥のほうで戦ってたんですよ。俺の模擬戦、見てくれました?」
「えっと……」
正直エリオットに見惚れてしまって、ルギルという方の模擬戦は何も見ていなかった。
申し訳なくて、なんて言ったらいいかわからず目を泳がせる。
というより、ルギルって……エリオットが話していた男性のことじゃないだろうか。
「あー! その顔は見てないんでしょ! ひどい! 俺だって雷魔法とか使えるんですよ! こんな風に!」
ルギルが片手を胸の前まで上げると、その掌の上に稲妻がビリビリッと走った。
私は風魔法で暑い時に自分へ涼しい風を送ることくらいしか使えないけれど……ルギルは戦えるほどの強い雷魔法を持っているのだろう。
「すごい。雷も綺麗なのね」
「そうでしょそうでしょー!? エリオットさんの美麗な剣技には負けちゃいますけど、雷魔法も綺麗なんですよ! ……あ! そういえば俺、アイリスさんに頼みたいことあるんだった!」
「頼みたいこと?」
「俺にお弁当作ってほしいんですよ! 前にエリオットさんが食べてた愛妻弁当を、ちょっと貰ってて。すっごく美味しかったから、俺にも作ってもらえないっすか!? 週一回でも月一回でもいいんで、アイリスさんのお弁当が食べたいんですよー!」
ルギルにこれでもかというほどせがまれる。
というか、愛妻弁当って……!?
私がエリオットに作るお弁当、そんな名前がつけられていたの!?
「おい、ルギル。弁当くらい自分で作れないのか」
「エリオットさん!」
「お、エリオット。お疲れさま。アイリスがエリオットの戦う姿に見惚れてたよ~?」
「ちょ、ちょっと、フレッドってば」
「そうなのか? 見ていてくれてありがとう、アイリス」
バシネットを外したエリオットがやってきて、私に微笑んでみせた。
たくさん動いたため汗をかいていて、その雄々しさに顔が熱くなってしまう。
笑っている顔も、首まで流れる汗も、鎧を身に着けている体躯もどうしてか私の心をときめかせる。
遠くで私を睨んでいる女性たちがいたけれど、エリオットはその人たちの視線から庇うように私の前に立った。
私はドキドキしていることを気づかれないように、少し目を逸らして口を開いた。
「じゃあ、エリオットに作るお弁当の量を多めにするね。そしたらみんなも食べられるでしょう?」
「いいんですか!?」
「アイリス、そんなことしなくても……」
「いえ、料理をするのは楽しいから、気にしないで。その代わり、少しだけだからね。おかずだけよ? あと、私のお弁当を食べたいときはエリオットに言っておくこと。そしたら翌日作るから」
「あ、ありがとうございます!」
ルギルがお礼を言う。
エリオットが心配そうにこちらを見ているから、私は背伸びをしてエリオットの顔の傍まで近づき、「心配しなくても、少しおかずを増やすだけよ。他は食べちゃダメって言っておくのよ?」と囁いた。
「……ありがとう」
エリオットも私の耳の傍で囁く。
それが擽ったくて、私は耳朶を押さえてフレッドやルギルに顔が真っ赤なのを気づかれないよう、俯いた。
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