第28話「ミリアがこんなにダメなやつだったなんて……」
◇◇◇
<アルヴィーンSide>
「ねーえ、殿下。このネックレスが欲しいんだけど……」
「またか? 今のじゃ嫌なのか?」
「今のも素敵なんだけど……今のこれを持ってる令嬢が、こないだのお茶会でいたのよ。だからもっと誰もつけてないネックレスが欲しいの」
「……」
王都の宝飾店に行きたいと言われたので行ってみれば、ミリアが選んだのはこの国で最も価値の高い宝石が散りばめられたネックレスだ。
今ミリアが身に着けているネックレスだって、貯金が尽きそうになるほど高価なものだったのに。
宝飾店の店員もチラチラとこちらを見ているし、空気を読まざるをえない。
「わかった。じゃあ、これを買うからしばらくは我慢してもらえるか?」
「えー? また買ってよぉ」
ミリアが俺の腕に擦り寄ってくる。
その仕草が品の欠片もなくて、俺は思わずため息を吐いた。
「それより、今日は王太子妃の教育じゃなかったのか? 家庭教師をつけただろう」
ネックレスを購入し、宝飾店から出てふと疑問が浮かんだから、ミリアに聞いた。
そう、今日は王太子教育のための家庭教師がミリアの家に訪問しているはずなのだ。
俺が問うと、ミリアはべっと舌先を出した。
「面倒でサボっちゃった。だってあの教師、厳しいんだもん」
「……また?」
「仕方ないでしょ~」
厳しい云々の話ではなく、ちゃんとした教育を学ばないと王太子妃としてまずいことになるのはわからないのだろうか?
厳しかったとしてもそれを乗り越えて、俺という王太子にふさわしい婚約者になってもらわなければ将来的に困る。
ミリアは俺が仕事している間も菓子を頬張っていて何の手伝いも助言もしないから、重臣たちから叱責が来ている。
議会室では仕事のできない俺は相手にされず、外務大臣や宰相たちが国政を握り始めている。
つまり、俺は書類にサインするだけの傀儡と化しているのだ。
何故学園に通っていたころにもっと勉強しなかったのだろう。
もっと勉学に励んでいれば……アイリスくらい成績が良ければ、こんなことにはならなかっただろうに。
「……そうだ。アイリスだ」
アイリスが俺の傍にいた頃は、学園でいつも仕事の助言や王太子としての所作を小声で教えてもらっていた。
それも、俺が他の女といるとき以外で、だが……。
アイリスは俺が他の女といても、俺の婚約者だということを忘れず、学園ではいつも堂々と振舞っていた。
王太子の婚約者らしく、太っているけれども上品さがあり、他の人から見ても貴族の中でも爵位が上の者だとすぐにわかる。
成績だってトップ。
知性があって俺を支えることなど造作もなかっただろう。
なのに、俺はアイリスを捨ててミリアと婚約してしまった。
正直、ミリアがこんなにも役に立たないとは思わなかった。
家庭教師からの王太子妃教育を何度も無断欠席し、俺の家に来たかと思えば品もなく菓子を頬張るだけ、さらには高価なジュエリーやドレスを強請りに強請って……。
ドレスだって、茶会や夜会があるたびに買ってやっているのだ。
週に一回のペースなんてものじゃない。
それにいつも俺に敬語を使わないし……俺が注意したときは「『運命の番』なんだから、そんなので距離を置いちゃだめよ」と言われた。
いや、そういう問題じゃない。
俺は王太子でミリアは男爵令嬢。
身分的に釣り合っていないから、周りにどう見られるかを考えて適切な言葉遣いにしてほしいのだ。
学園ではまだ婚約していないから、距離を縮めていなかったから敬語を使っていたらしい。
頼むから今も使ってくれ。他の貴族や宰相からの視線が痛いんだ。
俺が考えていることを学園でも成績の悪かったミリアが察するわけもなく。
綺麗な女であったって、『運命の番』であったって、こうも王太子妃に向いていないとは。
だんだんと、俺はアイリスのことを考える時間が多くなってきた。
このときアイリスがいれば……と思うことが最近多いのだ。
俺が学園を卒業して、王太子としての仕事が本格的になってきたからかもしれない。
こういうときに、利発なアイリスがいたら頼りになるのにと、勢いで婚約破棄したことを後悔している。
……もう一度、婚約できないだろうか。
「ミリア。アイリスがどこにいるか知っているか?」
「え、急に何?」
「い、いや、少し婚約破棄のことで伝え忘れたことがあったんだ。居場所を知らないか?」
「え~? うーん……」
ミリアが人差し指を顎にあてて考える。
「そういえば、あたしの友達がベスティエ街で見かけたって言ってたような気がするわ」
「そうか。ありがとう」
ベスティエ街といえば、獣人で溢れかえった街だ。
何故わざわざ獣人ばかりの街に行くのかわからないが……その近辺に住んでいるのだろうか。
今度その街へ行って、交渉してみよう。
その日はドレスも欲しいと強請られ、買ってあげて帰ってきたら俺とミリアは家庭教師にこれでもかというくらい怒られた。
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