第29話「お弁当、作ります!」

 聖夜祭を終えて、一か月が経過した。

 凍えるように寒かった冬は過ぎ、温かい風が吹く春の季節となった。


 といっても、寒い日もあってコーディネートなどが難しい時期である。

 私は早起きをして、寝間着の姿でこないだ購入した全身鏡を見つめる。


「……少し痩せた?」


 レビィでせこせこと店内を歩き回っているからか、体重が落ちて来たような気がする。


 いや、気がするんじゃない。

 確実に痩せた。


 まだお腹は出ているけれど、学園にいた頃よりは引っ込み始めたし、足だって以前より細くなった。

 自分の身体が良いほうに変化していくことに、にやにやしながら私服に着替える。


 一階に降りると、まだエリオットは眠っているみたいで私しかいなかった。

 エリオットとは家事を分担する約束をしている。


 どちらかが休みの日はその人が家事をし、どちらも仕事がある日は、私が料理と洗い物、エリオットが掃除と洗濯を担うことになっているのだ。


 今日は、エリオットが仕事。

 思ったより早起きしてしまったため、まだ出勤前だし朝食を作る時間でもない。


「……そうだ」


 ――お弁当を作ろう。


 いつもはエリオットが騎士団の食堂で食べるか外食しているけれど、今日は私も休みだしエリオットのために何かしてあげたい。


 私は冷蔵庫から豚肉を取り出し、カッティングボードの上で叩く。


 塩コショウを振って、そこに小麦粉、卵、パン粉をつける。

 浅型フライパンに油を敷いて、きつね色になるまで揚げる。

 ソースをかけて、トンカツの完成だ。


 キャベツの千切りもトンカツの下に詰めて、ウインナーとキャベツ、ニンジンを醤油で炒め、卵焼きも詰める。

 ご飯にはごま塩を振って、お弁当の完成。


「できた! こんな感じで大丈夫かな」


 冷めたらお弁当に蓋をしよう。

 後は朝食の支度をしなければ。

 今作った野菜炒めと卵焼きを盛って、パンを焼こう。


 野菜炒めと卵焼きを丁寧に皿に盛り付け、ベーコンエピをトースターで焼く。


「アイリス、おはよう」

「あ、エリオット。おはよう」

「早起きだね。ちゃんと眠れた?」

「ええ。眠れたから大丈夫よ」


 トースターがチンと鳴り、パンが焼ける。

 私は野菜炒めと卵焼き、ベーコンエピをテーブルに並べ、エリオットが椅子に座ったあとに私も座る。


 いつもの挨拶をして、私とエリオットは朝食を食べ始めた。


「アイリスが作る料理は本当に美味い。たまごやきって、しょっぱいのと甘いのがあるの?」

「そうそう。今日は甘い卵焼き。しょっぱいほうが良かった?」

「どっちも美味いから、アイリスの好きに焼いてくれていいんだよ」


 この国には卵焼きもないらしく、初めて作ったときには驚かれた。

 エリオットは私の料理を美味い美味いと褒めながら食べてくれる。


 それが私は嬉しいし、もっとエリオットのために料理を振舞いたくなるのだ。


「……ふふ、エリオット、寝ぐせついてる」

「え!? どこ?」

「このへん」


 私が身を乗り出してエリオットの寝ぐせがついてる髪を撫でると、彼は少し頬を赤くして微笑んだ。


「後で、バスルームで直すよ」

「ええ。そうしてね」


 エリオットの髪はさらさらで柔らかい。

 けれどすぐに恥ずかしくなってしまって、一瞬しか触れない。


 本当はもっと触れていたいな、なんて変なことを思ってしまう。


「エリオット、待って」


 朝食を食べ終わり、エリオットが寝ぐせを直して出勤しようとしていたから呼び止めた。

 私はお弁当箱を小さな保冷バッグに入れて、エリオットの前まで歩いていく。


 保冷バッグは、氷属性の魔石でできている。

 温かい季節になってきたから、腐らないようこのバッグに入れたのだ。


「アイリス? どうしたの?」

「これ……お弁当作ったの。良ければお昼に食べて」

「え……っ! 作ってくれたの!?」


 私が差し出したお弁当を受け取ると、エリオットは大事そうに仕事用のカバンに詰めた。

 そして、私の頭をそっと優しく撫でる。


「ありがとう。アイリスが俺のために作ってくれたんだと思うと、すごく嬉しいよ」

「気に入ってくれるといいわ。……それじゃあ、行ってらっしゃい、エリオット」

「行ってきます、アイリス」


 エリオットがにこっと笑って自宅を後にする。

 毎回このやり取りをして思うのだけど……これ、完全に夫婦の会話よね!?


「今日なんてお弁当まで渡してしまったし……本当に、夫婦みたい……」


 両頬に手を当てて俯く。

 そんなことを思えば思うたび、鼓動が速くなってしまう。


 エリオットは、きっとなんとも思ってないと思う。

 ただの挨拶くらいに思っているのだろう。


 優しく頭を撫でてくれた手の温もりを今も感じ取りたいと思ってる私は、どうにかなってしまったのだろうか。


 こんなの、殿下といた頃に感じたことなんてない。

 こんな気持ち、私は知らない。


「少しゆっくりして、家出る支度をしよう……」


 心を落ち着かせたくて、私は一人でハーブティーを作るのだった。

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