第27話「聖夜祭のプレゼント交換」

「おかえり!」


 走って帰宅すると、エリオットが駆け寄ってきた。


「待ってたよ、アイリス。お仕事よく頑張ったね」


 エリオットが息を切らしてやってきた私の頭を胸板にほんの少し寄せて、ぽんぽんと撫でる。


 聖夜祭の日まで、お互い仕事と休みの日が合わなくて、家でもなかなか会えずじまいだった。

 だから、久々のエリオットの温もりに……安心して、涙が出そうになる。


「ただいま、エリオット。……ん? 何かいい匂いがする」

「ふふ。アイリスのために作ったんだ」


 エリオットに手を引かれてリビングまで行くと……テーブルに、様々な料理が鎮座していた。


「右から生ハムとレタス、トマトのシーザーサラダ、サーモンとキノコのマリネ、パスタ二種類と、それと……」


 エリオットが右から順番に指をさしていって、最後に到達したのは……。


「おむらいすを作ってみた。どうかな? ちょっと失敗しちゃったんだけど……」


 こんな豪華な料理の中に不自然に、そして不器用な形のオムライスが二つ皿に盛られていた。


 私が作ったものよりも卵の形が少し崩れているけれど……以前私にレシピを聞いたから、それで作ってくれたのだろう。


 嬉しさと喜びと、一縷の切なさで胸がきゅうっと締めつけられる。


「エリオット……ありがとう。私、お腹が空いてるから、早速食べてもいい?」

「ああ! 思う存分食べてくれ。でも……ごめん、冷めてるかもしれない。少し前に作ったから」

「そんなの、全然気にしないわ。エリオット、本当にありがとう」


 エリオットは、お腹が空いていても私が帰ってくるまでずっと待ってくれていて、先に食べなかったんだ。


 こんなに温かな食事なんてない。

 私はいつもの挨拶をして、オムライスを一口食べた。


「ん……わ! 美味しい!」


 中には鶏肉、ピーマン、ニンジンが入っていて、食感が楽しい。卵もふわふわだ。

 確かにご飯は冷めていたけれど、心はじんわりと温まる。


「美味い? ほんと?」

「本当よ! エリオット、すごい! 今まで食べたオムライスの中で、一番美味しい!」

「そこまで言ってくれるなんて……作った甲斐があるな。たくさん食べてくれ。パスタもサラダもいろいろあるからね?」

「うん、うん! たくさん食べる!」


 美味しくて夢中で食べていると、エリオットが二階に上がり、しばらくして戻ってきた。

 ブランドものの紙袋を持ってきて、私の前にやってくる。


「アイリス。これ、受け取って」


 差し出された紙袋を受け取ると、少しだけ重みがあった。


 これってもしかして、エリオットが考えておくって言った、聖夜祭のプレゼント……?

 エリオットは、期待と不安の眼差しでこちらを見つめてきている。


「アイリスに似合うと思って買ってきたんだ。もし好みじゃなかったら……って、少し不安になるな」

「そうなの? 開けてもいい?」

「ああ」


 紙袋の中には小さな箱が入っていて、シルクリボンで結ばれている。


 それをしゅるりと解いて開けると……金色の、綺麗な腕時計が入っていた。

 美しい指針は星の形をしていて、文字盤は紫や桃色の鮮やかな花が描かれている。


「わ、素敵……!」

「アイリス、腕時計持っていなかったなと思って。それで……これ」

「? え……っ!?」


 エリオットは自分の左腕を掲げてみせた。

 左手首に……今貰ったものと同じ腕時計がつけられている。


「バンドが色違いなんだ。……どう、だろうか」

「すごい素敵! ふふっ、エリオットとお揃いで、嬉しい!」

「……っ」


 私のバンドは焦げ茶色で、エリオットのバンドは黒だ。

 早速つけてみると、色味が私の肌とよく合っていて思わず電球に掲げて見つめてしまった。


「嬉しい……大切にするね、エリオット」

「……ああ」


 エリオットは何故か私に視線を外して頷いた。

 少しだけ顔が赤いように見えるのは、気のせいだろうか。


「そうだ! 私も用意していたの!」

「アイリスも?」


 荷物を玄関先に置いていたから、小走りで持ってきて紙袋をエリオットに差し出した。

 エリオットは嬉しそうに口角を上げている。


「開けていい?」

「ええ。私も気に入るか不安になってきちゃった」

「……アイリスから貰ったものならなんでも嬉しいよ」


 エリオットが紙袋の中に入っている大きめの袋を開けていく。


 私が買ったのは手袋とマフラーだ。

 いつもエリオットが騎士団の仕事に行くとき、首元も手もすごく寒そうだったから。


 でも、いくらエリオットが安心させるようなことを言ってくれたって、喜んでくれるかとても不安だ。

 多分、エリオットも私にプレゼントを渡すとき、同じ思いをしていたのだろう。


 手袋は紺色のもので、マフラーはグレーのシンプルなもの。防寒性を重視したものだ。

 エリオットはプレゼントを見て目を瞠り、次の瞬間柔らかい笑みを零した。


「嬉しい……仕事に行くときいつも寒くて、買おうか迷っていたんだ。ありがとう。一生使う。春でも夏でも秋でも、ずっと使う」

「さすがに夏は熱中症起こしちゃうからやめて!?」

「ははっ」


 エリオットが声を上げて笑った。

 私がプレゼントしたマフラーと手袋を、大事なもののようにそっと抱きしめる。


「ありがとう。大切にする。いつまでも」


 その笑みが、本当に幸せそうで。

 私はこの聖夜祭の日を、ずっと忘れることはないんだろうなと、感じたのだった。



◇◇◇

<エリオットSide>


 風呂に入ってもう眠るだけの今日、俺は自室でアイリスから貰ったマフラーと手袋をポールハンガーに掛けた。


 二つともシンプルな色で、俺に似合うと思って買ってきてくれたのだろうか、と思うと胸が温まる。


「アイリス……」


 ベッドに寝転がっても、俺が腕時計をプレゼントしたときに見たアイリスの笑顔が目に焼き付いて、眠れない。

 あんなに喜んでくれるなんて、思わなかった。


 ――すごい素敵! ふふっ、エリオットとお揃いで、嬉しい!


 その笑顔は天使のように美しくて、綺麗で、華やかだ。

 出会ったときから、とても可愛らしい人だと思った。


 イチゴのスイーツをたくさん食べて、番の匂いをイチゴだと勘違いする様子は少し抜けていて守りたくなる。


 俺の家に一緒に住んだとしても、家事も共にこなしてくれて、その上自分が欲しい物は自分で稼いだお金で買いたいと言って、働き先まで見つけた。


 一緒に過ごしていくうちに、だんだんと気づいた。


 俺は、『運命の番』だからアイリスを選んだんじゃない。

 好きだから、アイリスを選んだんだと。


 フレッドとアイリスが初めて出会ったとき、俺は彼に心を動かされないでくれ、と言いそうになってしまった。

 そのときから、いや、それ以前から俺はアイリスのことが好きだったのだろうと。


 でも、アイリスにそれを言える立場じゃない。


 俺はアイリスにとって『運命の番』だから一緒にいるわけで、アイリスが俺のことを慕っているかはわからないのだ。


 アイリスは異性の気持ちに恐らく鈍感だ。

 だから、俺の好意にも気づいていないと思う。


 ……どうすれば『運命の番』だから一緒にいるんじゃなくて、『好きな人同士』だから一緒にいられるようになるんだろう。


 どうすれば恋人同士になれるのだろう。

 いっそのこと今すぐ告白してしまおうか。


 ……いや、それは急ぎすぎだろう。

 玉砕したら俺の心はたまったものじゃない。

 一か月以上は病んでしまって仕事に支障が出そうだ。


「……どうやったら、好きになってくれるんだろうな」


 『運命の番』であるアイリスを、寂しい思いをさせないようにできるだけ寄り添える時間を設けよう。

 ……父さんのようにならないために。


 窓の外から聖夜祭で盛り上がっている人々の楽しそうな声が聞こえてくる。

 それをなんとなく耳に入れながら、俺はアイリスのことを考えて目を閉じた。

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