第8話「婚約者にそんなこと、言われたくありませんでしたわ」
学園に入学してから一年。
私は十三歳になった。
私はこの一年間テストは学年で一位、成績もトップを維持していて、両親からの誕生日プレゼントは当たり前かのように参考書だった。
私が成績トップだということを教師から聞いた両親は、「歳を取れば授業は難しくなっていく。王太子にふさわしい婚約者になるには、多くの勉学が必要だ」と言ってさらに家庭教師を増やし、私の生活から自由を奪った。
褒めてくれることはなかった。
私は神様に願ったはずだ。
来世はブラック企業に勤めることはありませんように、と。
もう我が家がブラック企業なんじゃない!? 美味しいスイーツだってこの世界に来てから一度も食べられてないよ! ひどいよ神様!
それに……。
座学もトップ、魔法技術、魔法学もトップ、そして王太子の婚約者の私は令嬢たちから嫉妬の的となり、いくつか嫌がらせも受けるようになった。
嫌がらせはいいとして、問題は殿下だ。
私の成績が学年首位なことを知ると、「何故俺を立てようとしない? 婚約者ならば、俺を立てるのが当然の義務だろう」とイライラしながら言われてしまった。
そんなことを言われても、幼い頃から勉学だけに励んできた私にとっては学年の中で殿下より下の成績を取るほうが難しい。
貼りだされた紙に書かれていた殿下の成績は中くらいで、私はいつも勉強をしないで令嬢と遊んでいるからこうなるんじゃないのだろうか、と少し殿下を責めるような考えになってしまった。
殿下より、殿下の弟である第二王子のキーベルト殿下のほうが全然成績は良い。
ダメだ、私。
そうやって殿下の悪いところを探したり、他の人と比べたりしてはいけない。
もっと殿下の役に立てるようなことを考えなければ。
「アイリス」
そんなことを考えながら食堂に向かおうとしていたとき、殿下から久しぶりに声をかけられた。
「なんでしょう、殿下」
「一緒に昼食を食べないか?」
「……え」
「婚約者だし、たまには相手をしてやろうかと思ってな。俺が奢ろう。好きなものを食べろ」
殿下がにこりと微笑む。
だけどその笑みに私は一つもときめくことができなかった。
五年前の殿下からプレゼントを貰ったときのような優しさをまだ求めている、愚かな自分がいる。
きっとあのプレゼントも、婚約者だから仕方なく渡した、程度のものだったのだろう。
あのとき「誕生日だろう」と言われはしたけれど、おめでとうも言われなかったし……。
「お前は何度言ったらわかるんだ? 成績は俺より下を取れと言っているだろう」
「申し訳ありません……」
食事をして一言目に言われたのは、そんな怒りの言葉。
私が謝ったあともぐちぐちと文句を言われ、そのあとは自慢話。
どんなときでも王太子を称えないといけないと教わって来たから、私は「すごいですね、殿下」となんとか笑みを作って褒める。
すると殿下は「当然だろう」とふんぞり返って、再び自慢話を続ける。
私が食べ終わると、殿下はふと何かに気づいたのか話すのをやめ、私をじっと見つめた。
「……」
「どうされましたか? 殿下」
「お前、太ったか?」
「……」
殿下の鋭い言葉に私が持っているフォークとナイフが止まる。
そう、学年に入学してから一年。
この一年間で、かなり太ってしまった。
いや、それより前から多少贅肉はついていたけれど……さらに太った。
お腹はぷよぷよで、二の腕もぱつんぱつんだし今にも制服がはち切れそうだ。
なぜこんなに太ったかというと……家で出てくる料理の量が増えたから。
学園に入学して以降、お父様が「体力をつけるためにもっと食べろ」と言い出して、料理長に命令したのか毎回大量の料理が出てくるようになってしまった。
ステーキは二枚以上出てくるし、スープは野菜と肉がこれでもかというほど入ってるし、前菜は普通の人ならそれだけで腹が満たされるくらい皿に盛られて出てくる。
学園に入る前から量の多い料理を食べていた私の胃はいつの間にか大きくなっていて、それらの料理も平気で平らげられるようになってしまった。
残すものならお母様もお父様も許さない。
もきゅもきゅと大量の食事を頬張っている間に、私の体型はずんぐりと丸くなってしまった。
お父様もお母様も料理を残さない。
そう、二人とも洋服がいつも豪華でわからなかったが、こないだようやく二人はかなりぽっちゃり系の体型をしているとわかったのである。
「以前よりかなり太ったように思えるんだが……。制服のサイズも合っていないようだしな」
殿下にグサグサと心をナイフで抉られるような言葉を言われて、私は俯いてしまう。
あれだけの料理を残さず食えと言われたら、誰だって太る。
だけど料理長が振舞う料理はすごく美味しいものばかりだし……あっという間に平らげてしまうのだ。
正直今日の食堂での食事も足りない。
ステーキたった一枚と皿にちまっと乗ったサラダ、一口で飲みきれそうなスープだけって……。
毎回午後の授業が持たず、私はルルアから渡されたクッキーやラングドシャを休憩時間につまんでいる。
屋敷で作られたものだから全然甘くなくて美味しくないけれど、食べるだけで満たされるのだ。
そんな風な生活をしているからぶくぶくと太ってしまって、反省はしているけれど……でも、婚約者である殿下に「太った」だなんて直接的に言われたくなかった。
「太っている私のことは、あまり……好きではないですか?」
「ああ。嫌いだな」
即答だった。
心に切れ味の良いナイフが刺さって、じわじわと傷口が溢れ出てくる。
瞳が潤むのを必死にこらえ、残りのステーキを一口フォークに刺して運んだ。
私は、本当にこの人と結婚してもいいのだろうか。
いくら愛を与えても返ってこない殿下と結婚して、私は……後悔しないだろうか。
殿下と一緒に食べた料理は、美味しく感じられなかった。
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