第7話「婚約者がいるのに……」
学園に到着し、馬車から降りると殿下が迎えにきてくれた。
「アイリス。さ、行こう」
私の手を引いて学園の門をくぐる。
温かい手で私の手を握ってくれることが嬉しかったけれど、私の屋敷まで迎えに来てはくれなかったんだな、と少しだけ我儘な寂しさを感じてしまった。
「殿下、ごきげんよう。今日も綺麗ですわね」
「ありがとう。君もとても綺麗だよ。君は綺麗な白髪だから、周りに百合が咲いているようだ」
「ふふっ、殿下ったら」
知り合いらしき令嬢に挨拶され、殿下は婚約者の私がいるのにも関わらず口説いている。
……私は殿下に綺麗だなんて言われたことないのに。
四年前に作戦した、殿下が私に惚れてもらうように頑張るという作戦は、何度も実行していたが失敗の連続で終わった。
手作りの刺繍ハンカチなどをプレゼントしても「女々しいものだな」だなんて言われるし、殿下のことを褒めても「当然だ」と誇らしげに自分を上げ、「それに比べて君は……」と私を下げる。
プレゼントを貰った一年後の殿下の生誕祭であの白い靴を履いてきても、「そんなものあげたか?」とまで言われてしまった。
その靴は、この四年でかなり成長してしまった私にはもう入らなくなってしまったけれど……。
私は政略結婚であろうとお互いに恋が芽生えればきっと上手くいくと思っていたのに、殿下は歩み寄る気配もない。
努力しようともしてくれない。
それがすごく悲しかった。
「……それでも、きっと報われるよね」
きっと殿下は私のことを少しでも好きになってくれる。
ミリアが転入してきても、婚約破棄されたりなんてしないはず。
『運命の番』だなんて私も本当にあるかあまり信じられないけれど……婚約者である私を殿下が見捨てたら、私は爵位を剥奪され、奴隷商に売られるコースだ。
そうならないためにも、一応長期投資をしてお金は貯めているのだけれど……でも、私が殿下を支えて完璧な令嬢になることが優先だ。
それがきっと、一番大事なことなのだろう。
◇◇◇
学園に入学してから数か月。
殿下は私に構わなくなった。
「あの、でん――」
「殿下、今日は私たちと昼食を食べませんか?」
「いいえ、殿下は私と昼食を食べるのですわ! 貴方はおどきなさい!」
「まあまあ、落ち着いて。それならみんなで食べよう」
「「はい! 殿下!」」
私が声をかける前に、殿下は笑みを深めて他の令嬢たちと食堂へ行ってしまう。
私にそんな笑みを向けてくれたのは、もう初めて会ったときにプレゼントを渡されたときくらいだった。
殿下も多分私と同じで、自分の周りの貴族以外とあまり関わってこなかったんじゃないかと思う。
だから学園に入学して私より美人で垢抜けている令嬢たちを見て、その子たちが言い寄ってくるものだから楽しくなってしまっているのだろう。
仕方のないことだ。
仕方のないことだと思わないと、私の心は雪崩のように崩れてしまう気がする。
数か月過ごしてきて、私はまだ十二歳だけれど日本の学校とは違ってここはもう階級が決まっていることがわかった。
公爵は侯爵以下の人間を蔑み、嘲笑い、男爵や子爵たちは自分たちより身分が上の者に媚び諂って自分の価値を上げる。
私は王太子の婚約者だったから最初はみんなが仲良くしてくれたけれど、だんだん『王太子に放置されている可哀想な婚約者』というレッテルが貼られ、他の令嬢たちから嗤われるようになってしまった。
婚約者がいるというのに、他の令嬢と食堂でご飯を食べたり行き帰りを共にしたりする王太子は正直あまりよろしくない。
だけど、この国では王太子妃は王太子に文句を言ったり、口答えをしてはいけない。
王太子を支えることだけ考えるんだと両親からも家庭教師からも言われ続けていた。
だから我慢しよう。
愛がない婚約でもお互いを知って、徐々に愛を育んでいこうという私の想いはきっと、殿下に伝わっていくはず。
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