第6話「王立レクティチュード学園へ」
◇◇◇
それから四年が経ち、王族や他貴族が通う王立レクティチュード学園の入学式がやってきた。
レクティチュード学園では礼儀作法から魔術、剣術、経済、史学などを学ぶ。
試験では成績が貼りだされ、私はその上位を取らなければ両親や家庭教師に厳しく叱責されることになっている。
「それでは、行ってまいります。お母様」
学園へ向かう馬車に乗る前にお母様に挨拶をしても、お母様は返事をすることなく私を一瞥して屋敷の中へ入ってしまった。
お母様もお父様も、私を王太子妃にするために異常なほどの教育を施し、普通の家庭の愛というものを与えてはくれなかった。
必ず立派な王太子妃になれとずっと言われ続け、家に閉じこめられ、今までずっとずっと地獄のような勉強をしてきた。
だけど、そんな地獄が吹っ飛ぶくらいに……外に出ることが楽しみだった。
そして、私はこの四年間、お父様に頂いていた少しのお小遣いでこっそり投資を行っていた。
アイリスが奴隷商に売られる理由は、お金がないからだ。
投資はもちろん長期投資。
婚約破棄される年は成人する十八歳の日。
十年ほど投資していれば、万が一婚約破棄されたとしても数ヶ月くらい暮らしていける余裕は作れるだろう。
「それでは、学園へ参ります。準備はよろしいですか? アイリス様」
「ええ。大丈夫よ」
私はルルアに支えられながらも馬車に乗りこみ、次いでルルアも乗りこむ。
この四年間、ルルアとは仲良く中庭でお茶をしたり部屋で雑談して過ごした。
王都にある王侯貴族御用達の紅茶専門店で買った茶葉が美味しいとか、いつも食事で出てくる料理の量が多いとか、……最近殿下の我儘が多いだとか、そんな話をして盛り上がる。
そう、この屋敷で過ごしてきて、少し困ることがあった。
それは、料理の量だ。
あからさまに多すぎる。
夕食では大きなステーキや大量の野菜と生ハムが乗ったサラダ、胃がたぷたぷになるほどの量のスープが出てくる。
一人分の皿が、これは三人前ほどではないのだろうか? というほどに大きく、その上にこんもりと料理が乗っているから明らかに少女の食べる量ではない。
でもお母様とお父様が「残さず食べろ」と言ってくるから食べるしかなく、小さい胃を無理やり大きくするように頑張って完食した。
おかげで四年経った私の腹は、少し贅肉がついてしまったような気がする。
さらに残念なことに、殿下と初めてお会いしたときにも感じたのだが、出てくるスイーツが全く甘くないのだ。
以前ルルアに聞いたら、お父様が甘いものが苦手なため、砂糖を極力少なめにしたスイーツを提供していると言っていた。
……正直甘いものが食べたい。
ずっとしょっぱいものばかり食べている。
私の胃は前世で食べたような甘くて美味しいタルトやケーキが食べたいと訴えていた。
だから、今日の外出は本当に楽しみにしていたのだ。
学園に入学すれば、きっと両親は私を縛りつけるようなことはあまりしなくなるだろう。
貴族が通う学園では自立できるようにこの国の経済や、一般の学園では教えてくれないお金の勉強などもする。
お金の勉強をする理由は、親に頼っていつまでも自立せず、最終的に家を継いだら経済が傾いてしまうような貴族がかつて存在していたからだ。
地獄のような教育を施されてきた私は何も学ばせない親も親だと思ってしまうけれど……きっと、子どもが可愛くて甘えてしまうのよね。
そういうことがないように、レクティチュード学園ではこの世界のお金の事情や、政治関係のことも勉強として数十年前から取り入れるようになった。
つまり、私を自立させるためにも、外へ出ていろんなことを学んだほうがいいという考えに両親は辿り着くはずだ。
私は今の今まで外に出たことがなかった。出られるとしても、中庭と屋敷内にある外の庭だけ。
殿下とお会いするときも毎回私の家で、私は殿下がいる王宮や離宮にさえ行ったことがなかった。
だけど、成長した十二歳の私なら……外へ出て甘いスイーツが食べ放題だったりするんじゃない?
多少私のお腹はぷにぷにになってしまったけれど、まあ、うん。今度痩せればいいし!
きっとお父様と一緒に食事をしていたから、私が今までに食べたスイーツは甘くなかったはずなのだ。
この国が甘くないお菓子を提供しているわけではないだろう。
実際、ルルアが教会にいた頃に食べたお菓子は甘くて美味しかったと言っていた。
外で流行りのカフェに入ってとびきり甘いスイーツを堪能したい!
「アイリス様……? 涎が垂れておりますよ」
「ハッ! ご、ごめんなさいね、ルルア。ありがとう」
ルルアが丁寧にハンカチで私の口元を拭ってくれる。
馬車が動いて窓を覗こうとしたら、ルルアにカーテンを閉められてしまった。
「申し訳ありません、アイリス様。その……リナージア様から、外の景色を見せるなと仰せつかっておりまして……」
リナージアというのは私の母だ。ちなみに父の名前はルージェ。
申し訳なさそうに眉尻を下げるルルアに、私は首を傾ける。
「お母様は私に外の景色すらも見せてくれないの? 学園に入学するんだから、外のことを知っておいたほうがいいんじゃないかしら」
「それは……」
言おうと迷っているのか、ルルアは口を噤んでからしばらくした後「お母様にこのことは内緒にしておいてくださいね」と言ってきた。
「リナージア様もルージェ様も、その……ヴィーレイナ公爵家と王族、その他政治関係以外の情報を、アイリス様に得てほしくないみたいなのです」
「え? どういうこと?」
「今日も寄り道は絶対にするなと命令されています。全ては王太子妃になってヴィーレイナ家を安定させるために動け、という計らいなのです。他にも、友人は王族と侯爵までの爵位の人間、伯爵以下の人間とは友人になるな、外の下劣なレストランで食事をしたり買い物をすることも、王太子妃になったら必要のないことだからするな……という命令が下っておりまして……」
「……なに、それ」
全くもって意味がわからない。
王太子妃になるための教養なら、外の危険や楽しさだって知っておいたほうがいいんじゃないだろうか。
いや、お父様もお母様も、きっと……私が王太子妃になって王族の命を聞いて、ただただそれに応えて動く人形になってほしいと思っているんだ。
今までに与えられた愛なんて特にない。
その仮説もほとんど正しいのではないかと感じた。
「じゃあ今日は、入学式の帰りに買い物をしたり外食をするのはダメってこと?」
「そう、ですね。……申し訳ありません」
「どうしてルルアが謝るの。大丈夫よ」
私はルルアに貴方のせいじゃないわ、と付け加えて微笑む。
残念ながら私はまだ、甘いスイーツを食べられないようだ。
いつ食べられるようになるのだろう。
でも、お母様とお父様が考えを変えない限り、甘いスイーツは食べられないんじゃないかと不安が過る。
その不安を胸に抱えたまま、ルルアと他愛のない会話をして馬車に揺られていた。
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