第4話「殿下からのプレゼント」

「どうしたんだ? 具合が悪いのか?」

「い、いえ、大丈夫ですわ。お菓子が運ばれてきますから、よく手を洗っていただけですの」


 殿下と向かい合わせにソファに座ってから、私はついさっき考えた選択肢を選んだことがいかに愚かなことかわかってしまった。


 彼氏いない歴年齢のこの私が、どうやって殿下を惚れさせればいいの!?


 そんな陽キャみたいなテクニック、私は具有していない。


 俯いた顔を少しだけ上げて殿下を見る。


 鮮やかな金髪に、やや釣り目の蒼い瞳。

 背丈は私と同じくらいだけど、これから成長期がやってきてすぐに追い抜いてしまうのだろう。


 綺麗な顔立ちをしていて、ああ、小説の表紙や挿絵で見た顔とそっくりだ……なんて考える。


「失礼致します」


 扉がノックされ、ルルアが入ってくる。

 アフタヌーンティーと、甘い香りの紅茶を持ってきてくれた。


 ルルアがワゴンを片付けに部屋を出たあと、私は「どうぞ、召し上がってください」と殿下がスイーツに口をつけるのを確認してから食べる。


 ……あまり甘くない。


 美味しいとは言い難いし、八歳のおやつにしては少し量が多くないかしら……?


「アイリスと、呼んでもいいか?」

「え? ええ」


 まだ声変わりもしていない幼い殿下は、マカロンのクリームを口の端につけながら聞いてきた。


 マカロンのクリームがついていますよ、だなんて私は恥ずかしくて言えない。

 殿下だって、顔も見たことなかった私のことは好きじゃないに決まってる。


 私も殿下のことを恋愛対象として見てるかと言われたら、そんなことはまったくない。


 私のことをなんとも思っていない人の口元を拭うわけにもいかないし……殿下に好きになってもらうために頑張りたいのに。

 いや、そもそも王太子殿下の口元を拭うだなんて、失礼なことだわ。


 と、悩んでるうちに殿下はナプキンで口を拭いてしまった。

 白いナプキンが顔から下がって現れた唇には、もうクリームなどついていない。


 殿下が後ろに控えている侍従に目配せをする。

 気づかなかったが、侍従は両手に桃色の大きめな箱を持っていた。


 赤と黄色のリボンで包装されていて、侍従はそれを殿下に渡す。

 殿下は笑顔を私に向けた。


「今日はアイリスの誕生日だろう。それに初めて会ったから、挨拶の意味も兼ねて」

「え……」

「受け取ってくれないか」


 殿下が大きな箱を私に差し出してきた。

 笑みを浮かべる殿下の瞳には、少し緊張の色が滲んでいる。


 貰わないのは失礼だと思って受け取ると、僅かに重かった。


「開けてもよろしいでしょうか?」

「ああ」


 赤と黄色のリボンを一つずつ解いていく。

 しゅるりと音がして、リボンが完全に解けたあと桃色の箱を八歳の力で頑張って開ける。  


 そこには靴があった。

 真っ白で、先端に薄水色のリボンがついている。


 中底はライラックとその葉が水彩のように描かれていて、とても可愛らしかった。


「い、いいのですか? こんなものを貰って。私、何も用意していないのに……」

「ああ、構わない」


 殿下がにこりと笑う。

 私は再び箱の中から現れた可愛い靴を眺めた。


 ……正直、嬉しい。


 お父様とお母様は私を外に出さないように部屋に閉じ込め、王太子妃になるための教育を施してきた人たちだから、誕生日プレゼントもこの国の歴史の本や経済学の本ばかりだった。


 こんなに女の子らしいプレゼントを貰ったことはなかったものだから、嬉しさが胸の内から迫り上がり、笑みとなって零れていく。


 この人が本当に私を捨てて、ミリアの元へ行ってしまうのだろうか。


 最後には私をミリアに嫌がらせをした汚い女と見つめるようになるのだろうか。


 そんなようには思えない……気がする。


「足のサイズは君のお母様から聞いた。……王太子からのプレゼントだ、大事にするんだぞ」

「ありがとうございます、殿下。大切にします」

「ああ」


 私が礼を言ったあと、殿下はあまり私と話をせずに帰っていった。


 その日は貰った靴を衣装部屋にしまわずに、ベッドの下に置いて眠る直前まで眺めた。


 彼氏ができることのなかった前世の自分が、嘘みたいだ。


 今殿下のことを好きになれなくたって、きっとこれから好きになれる。

 そう思いながら、瞼を閉じた。

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