第3話

キラキス・デンツ公爵子息はルルシアの婚約者である。

キラキスと初めて会ったのは、10歳の時。

夜会で変な男に連れていかれそうになった時に助けてくれたのが、キラキスだった。



『おい、俺と一緒に熱い一夜を過ごさないか?』

(嫌、絶対に!誰か、助けて……!!)

『はい、ぜひ喜んで』


あの時も、ルルシアは変な男と話をして、気をよくした男がルルシアを連れて別室まで行こうとしていた。

周りには誰もおらず、このまますべてが終わってしまうと絶望したその時。


『何をやってるんですか!?』


キラキスが偶然その場を通りかかったらしい。


『は?こいつが誘いに乗ったから連れて行ってるだけだが?なぁ?』

(……)

『……』


その時ルルシアは本当に何にも考えないようにしていた。

助けなんて呼んでしまえばルルシアの口からキラキスに対して罵詈雑言が飛ぶのは目に見えている。

そうなってしまえば、今度こそおしまいである。


『ですが、まだ彼女は子供ですよ?子供に手を出したら親からの報復が凄いでしょうね』

『……は!知った事か。俺は伯爵の息子だぞ?大体の貴族は口封じできるわ』 

『……』

『彼女、公爵の娘ですよ?』

『……は?』

『そんなことも知らずに手を出そうとしていたんですか?』

『……チッ!見なかったことにしろ!』


男は立ち去っていく。

ルルシアは心からホッとして、つい感謝してしまった。


(ありがとう)


彼女がそう思った瞬間、ルルシアはキラキスに対して頬を叩き、怒った様子で言った。


『ふざけないで!せっかくの機会を不意にしてしまったじゃない』


ルルシアは心の中で青ざめた。

キラキスはじっとルルシアを見ると、ルルシアに背を向けて歩き出した。


『……きちんと感謝の言葉位は言えた方がいいぞ』

『ふん、知ったこっちゃないわ』

(……かっこいい)


それが、ルルシアとキラキスの出会いであった。

その後、彼女は両親の目の届くところで誘われるようにして、両親が止めてくれるように行動した。


そんな彼が婚約者になったのは、およそ2年後。二つの家のつながりを強めるための政略結婚であった。

キラキスに好意を持っていたルルシアは当然婚約に反対するように体が動いた。しかし、そんなことで婚約がやめになるはずもなく、ルルシアとキラキスは婚約者となった。



ルルシアは自室に戻り一人もの思いにふける。


(あと三年でキラキスと結婚。でも、絶対にキラキスは私を嫌っているわけだし。……どうにか婚約破棄に持ち込めたらいいのに)

(それに、アコラさんとも同じクラスになっちゃったし)


アコラとは、先ほどの平民で聖女の女の子の事だ。


(色々と大変……)


ルルシアの学園生活が始まる。


まず、授業中。

彼女はいっつも机に突っ伏して寝ている。

いや、寝る寸前で、ルルシアが耐えているというのが正しい。


授業を真面目に受けたいという思いが、ルルシアの呪いをそう動かすのだろうか。

おかげで彼女はノートも取れず、聞いた授業を頭に入れておくことでしか勉強ができない。

さらに、貴族の嗜みとされている楽器の扱いも、クラスで最底辺。ルルシアが楽器を弾くと、あちらこちらからクスクス笑いが起き、それでルルシアがキレるのが常の流れだ。


幸いにしてテーブルマナーはきちんとできる。これは、テーブルマナーがほぼ無意識のうちにできてしまうからなのだろう。そこだけはルルシアも安心して授業が受けられる。


そんなこんなで、学校でついてくる取り巻きの数も増える。

皆、ルルシアの権力にしか興味がない人たちで、ルルシアがどんなふるまいをしようが乗ってくる。


「さぁ、私を崇め、私の邪魔となる人は排除しましょう!」

「はい。分かりました、ルルシア様」


まさに悪逆の限りを尽くそうとするルルシア。

しかし、それを止める人たちもいた。


「おい!ルルシア!いい加減にしないか!」

「そうです、ルルシア様、やめてください!」


それは、この学校の生徒会と言われる、超優秀な生徒を集めて結成した学園の最高機関である。


(そうです!私を止めて!)

「あら?邪魔をしないで?今からこの学校に相応しくないものに罰を与えに行こうと思っていたのに」

「……そんなものはこの学園には君たちくらいのものだが?ルルシア公爵令嬢」


その声が聞こえた途端、ルルシアの取り巻きは青ざめて身を低くする。


「あら、王太子殿下がわざわざ何の用ですか?」


唯我独尊なルルシアは王太子が来ても何食わぬ顔でいる。


「君の行動が目に余るという報告を受けてね。できれば改めてほしいものだが……」

(もっと言ってやってください殿下!!)

「あら、私の行動に何か問題がありまして?」

「そうだね。今回は注意だけで済ますけど、それでも変わらない様だったら、こちらも動かざるを得ないね」

「そう。要件がそれだけでしたら、私はこれで」


そう言ってルルシアは立ち去っていく。

自分にもどうしようもないこの呪いは、ルルシアの胸を締め付けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る