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 急いで私たちは寮へと向かった。

 寮の部屋に入った私は、しっかりと丁寧に手を洗う。そうしてしまえば、今まで花たちと会話をしていた事実は洗い流されてしまう。それは、少しだけ寂しいと思うが、今日は特別だから良いだろう。

 式典用の制服に身を包み、綺麗になった私の指先へ、フィオがクリームを取って塗り込んでいく。次にはオイルを爪へ。

 そのどれも私とは無縁のものであったが、彼女の信条が許さなかったらしい。何時しか彼女は私を着飾る事を趣味の一つにしてしまった。

 鏡の前に座らされ、視線を上げれば、彼女がそっと私の顎へ手を添えて上向かせる。


「少し、口を開いて。目も閉じて」


 言われるままに口を開き、瞼を閉じる。


「……ん」


 優しい手つきと同じくらい優しい感触が頬を滑っていった。次に、そっと瞼に何かが触れていく。二度、三度……両の瞼に触れると、それは離れていった。最後に唇が撫でられると、ぬるりとした感覚がする。


「いいわよ。目を開けて」


 鏡の中の私は、ペッシュの花と同じ色の口紅を引き、健康な土を思わせる色を瞼に乗せ、上気したような頬をしていた。


「綺麗よ、フラウ。さぁ、愛しの王子様たちに会いに行きましょう」


 そう言って伸ばされた手に自分の手を乗せた。


「ありがとう、フィオ」


 今日はステラの就任式典の日だ。

 ステラとはアカデミーの中学年に当たるセカンドを自治する生徒たちの事。毎年、生徒たちの投票によって決められるそれは、同時に生徒たちの人気度と同等の意味を持っていた。

 そして、ステラとその補佐をするサウスステラの八人は、一年ほど前のラウンジでの出来事以来、花たちと触れ合う事を一番の癒しと思い愛情を注いできた私の心を奪った人たちでもある。

 だが、別に彼らとどうこうなりたいとは決して思ってはいない。何せ彼らはルーメンを創成した女神たちの末裔で、確実に将来のルーメンを動かす人たちだ。たかだか城へ出入りが自由に出来るだけの庭師の娘が、話す事すら本来なら許されない相手なのだ。


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