第11話 距離感がバグってる 弍


「今日は下見に行く。なに、お前さんは昨日と同じようにおれの後ろをついてくるだけでいい」


 ある意味、予想を裏切られたといえばいいのか。


 食卓に並んだのは秋刀魚の塩焼きにほかほかの白米や大根の味噌汁、茄子の漬物に小松菜のお浸し。そして、梅干しの入った壺が中央に置かれている。こてこてのど定番の朝食に、三太は思わず喉を鳴らした。見た目もさることながら香りも素晴らしい。何より素晴らしいのは、朝食が完成するまでの過程である。

 

 三太が手伝おうと名乗り出たがなんの役にも立てなかった。どの料理も作れるが文七の流れについていくことが出来なかったのだ。手際の良さの次元が違う。三太はその様子を見るだけでこの屋敷に居候した甲斐があったと確信した。


 味も申し分なし。これはなんとしても盗まねば、と三太は白米をかきこみながら思った。


「ちょっと。あんた、あたしが作った時より美味そうに食べてない?」

 

「そっちだっておかわり三杯してるじゃないか」


「こら。おれの話を聞け!」


 三太と瀬菜が朝食にがっついていると文七は怒鳴り声を上げた。


 文七はいつの間にか衣服を着込み、昨日と同じ大きさに戻っていた。近くで見ていたはずの三太にもその絡繰はよくわからなかったが、そこを詳しく聞くつもりはなかった。そういったことはおいおい教えてくれると言っていたし、面倒を見ると言われたがまだ二日目なのだ。信頼関係すら結べていないのだから深く追求する必要はない。


 なにより、三太にはここしか居場所がないのだ。ある程度のことは辛抱するしかない。


「ったく、元気があるのはいいがしっかりしてくれよ。お前さんには早く仕事を覚えて欲しいんだからよ」


「あの、聞いてもいいですか?」


「ん、なんだい?」


 怒鳴られたがそこまで怒ってはいないらしい。三太の言葉に文七は普段通りの柔和な表情を浮かべている。


「立ち退きって危ないんじゃないですかね?」


「ああ。まぁ、大抵は話し合いで解決するんだろうがなぁ。正直、『渡来人』が関わった時点で鉄火場は覚悟しなきゃならんだろうな」


「やっぱり刃傷沙汰になったりもするんですか?」


「んー。調書を読む限りじゃそういうことをするような種族やつじゃないみたいだが、まぁ、会うまではなんとも言えんわな。なにかしらあるってことだけは覚悟してもらうとして」



「安心しな、おれは強い。お前さんに危険が及ぶことはねえさ」 


 そんな風に言って、文七は三太を安心させるように目を細めた。



                    ✳︎

「いってらっしゃーい」

 

 瀬菜に見送られて、三太と文七は屋敷を後にした。

 

 目的地については資料を見た段階で把握している。地元民であれば誰一人迷うことなくたどり着ける場所だ。なにせ、どこにでもある平凡な住宅街の一角でしかない場所なんだから。

 

 かかる時間は徒歩で四半刻ほどだろうか。道中会話もないのも嫌だったので、三太は何かないかと思案を巡らせる。例えば、今も目の前で二足歩行で歩いてる理由とか起き抜けには普通の猫だったのにどうして巨大化しているのかとかそもそも猫なのにどうやって話すことができるのかとか。いや、大半の理由は『渡来人』だからで済みんでしまうのだが、どうしても気になってしまう。というか、聞きたいことがありぎて話題の選択ができない。

 三太の頭の中で思考がぐるぐると渦巻き、三太自身訳がわからなくなってきたところで、


「なんか、距離感がおかしいんです」


 ぽつりと。

 三太自身が予想していなかった質問が飛び出した。


「あ?」


 あまりにも脈絡のない質問に、流石の文七も訝しげな表情を向けて立ち止まってしまった。その反応に、三太は火が噴き出るような恥ずかしさを覚え、咄嗟に否定しようとしたがうまく言葉が出なかった。


「んー、なんだ。あれか、瀬菜のことか?」


「あ、その、はい。そうです」


 数秒の間は空いたが、文七は三太の質問の意図を正確に汲み取ってくれた。

 

 そう、瀬菜の三太に対する距離感についてである。


「なんていうか、近すぎるっていうか。正直、学生の頃はそこまで仲良くなったので、その、どうしたらいいのかわからないんです」


「それについちゃ、俺だってお前さんと同じ気持ちだよ。お前さんら付き合ってたわけじゃないのか?」


「違いますよ! そりゃ、昔から同じ組でしたけど、卒業してからは全然会ってないし」


「だろうな。おれだってお前さんを連れてくるまで男っけのない娘だと思ってたしなあ」


 むむむと腕を組んで悩む文七。見た目が猫なので苦悩している姿もどこか愛らしい。三太は思わず頭を撫でたくなったが、すんでのところで正気に戻って、途中まで伸びた手を慌てて引っ込める。

 

「ただまぁ、きっかけはわかってる。お前さんだって気づいてるだろう?」


「気づくっていうか。でも、そのただ思ったことを伝えただけで」


「おいおい。お前さん、案外鈍感だね」


「心の底から綺麗だって言われて、なにも思わない女なんていないと思うぜ? まして、

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