第8話 幽霊屋敷

「お待たせしました。さっそく説明したいのですがよろしいでしょうか、理事」


 山のような書類を抱え、光子は応接室に駆け込んできた。駆け込むというのは文字通りの意味で、光子はどこか切迫した雰囲気を無理に押し出しているようにも見える。おそらくは室内の空気を察したのだろう。

 亮平は一瞬だけ光子を見て、そのまま隣に座るように促した。

 空気が若干緩む。三太も知らずのうちに肩に力が入っていたことに気づいた。横目で文七を見ると相変わらず飄々としていた。いや、猫なんであんまり表情の違いはわからないのだが。


「それではこちらをご覧ください。詳しい場所については三枚目に地図も載せていますが、不明点があればご質問ください」


 手渡された資料にはびっしりと活字が書き込まれている。それが見にくいかと言えばそうではなく、不思議と内容は頭に入ってくる。光子の言葉通り三枚目以降には写真や図まで書きこまれており、より詳しく内容を理解することができた。

 

 だから、  


「立ち退き、ですか」


 三太は真っ先に浮かんだ疑問をぶつけてしまった。


「そうだ。不法滞在しているのは市村ヨネ氏。もともとは夫や子供と住んでいたが、夫に先立たれて以来一人で住んでいる。都市開発計画もあり、立ち退き交渉を行っているが進展がない。交渉が終わる前に役場長が入札をかけてしまったため、うちにお鉢が回って来たわけだ」


「いや、あの、それって、その、おかしくないですか?」


「なにがかね?」


 不思議そうな顔をする亮平と光子に、三太は思わず口をつむぐ。いや、この二人がおかしいと感じていないなら、おかしいのは三太の方かもしれない。けれど、三太が文七から聞いていた話とはまるで方向性が違っているのだ。


 人間に化ける渡来人を探しだし、通報することが仕事ではなかったのか。


 三太は隣に座る文七を見た。文七は頷き、


「いや、こいつのいう通りだ。おれはあくまで調査するのが仕事だ。危険があれば通報し、そうじゃなきゃ何もなかったで済ませるだけだ。お前さんら、おれを便利屋と勘違いしてねえか?」 

 

 と言った。


「なんだ、随分と今更じゃないか。まさか、彼を連れて来たのは意趣返しのつもりか?」


「まさか。こいつを連れて来たのはあくまでたまたまだ。ただ、最近随分と面倒な件ばっかり押し付けられるからな。一言言っておかねえとと思ってよ」


「それはもちろんわかってるさ。ただ、正直俺たちや他の奴じゃ手に余るんだよ」


「あの、でも、立ち退きですよね? それは役場とか行政がやるべきことじゃないんですか?」


「それも含めて最後まで聞いてくれないか。どちらにせよ、この件には君らが面倒を見なきゃいけない連中が関わっているんだ」

 

 亮平はさっと話を切り替えて、光子へ先を促した。


 光子はうなずき、話を進めていく。


「この家に住む市村ヨネ氏はこの物件に不法占拠して100しています。このまま彼女が居座れば、この物件はと化します。それをなんとしても防がねばなりません」


 異界。


 異国にてダンジョンと呼ばれる、この世界とは別の世界の境界が曖昧になった場所。その発生の原因は多岐に渡り、全容は今だに解明されていない。三太自身が持つ知識はそこまでで、世間一般の常識ではそれが当たり前の認識だった。


「異界化には複数の条件が必要となります。その土地の因果と繋げる先の縁、そして因果と縁をより強く結びつける時間の経過です。今回の場合は、土地の因果については申し訳ありませんが開示することは出来ません。肝心の異界化して繋げる先の縁については──」



「──市村ヨネ氏自身が渡来人であるためより強固なものとなっています。早急に対処しなければ、新たな異界が生まれ、相応の被害出ると想定されます」

 


「と、いうわけだ。異界案件な上に渡来人が絡んでる。下手を打てば新たな異界が誕生して生物災害が起こる恐れもある。我々の焦りもわかってほしいんだがね」 


 わかってほしいって言われても。

 

 三太は言葉を失っていた。いや、正直、何を言っているのかまるでわからなかったのだ。


 異界化という言葉はわかる。けれど、それが実際に発生する場面を見たこともなかったし、どうやって発生するかなんてことも学校で習った覚えもない。そもそも、異界化を防ぐなんてこと自体聞いたこともなかったのだ。


 そういうものは自然に発生するもので、後からどうにかするしかないと思っていた。


 そもそも、話の流れを聞くに渡来人が結婚していることにも驚いた。何十年も前からこんな寂れた町にいるなんて考えたこともなかったし、なにより、この物件の場所が問題である。見覚えがあるというか明らかに三太が幼少期に遊んでいた公園の近くだ。風景も思い浮かぶほど三太自身にとって身近な場所だった。


 というか、必然的に物件にも心当たりがあった。


「これ、幽霊屋敷じゃないですか……?」


「ええ。ああ、そうですね。三太君も地元出身だから知っていますか」



「岬町の幽霊屋敷。確か、が起きた曰く付きの場所だったな」


 ぼそり、と文七がつぶやいた。

 

  


 

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