第6話 飯を作ってみた
「おいしい。あんた、料理できるんだ」
簡単に作った煮物をつまみ食いしながら、瀬菜はしみじみとそんなことを言った。
茶を入れて話を始めたかと思えば、なぜか猫っぽい何かは飯が食いたいと言い出したのだ。初仕事ということで、三太は台所に立っている。立派な屋敷に見合った台所には食材も豊富にあり、調味料、器具も十分にあった。
おいしいと言われて三太自身も悪い気はしない。魚の焼き加減を見ながら、ネギを刻む。冷蔵庫から豆腐を取り出して、それぞれのさらに分けた。米が炊けるまではもう少しだ。
「ちっちゃい頃から家でもやってたからね。ある程度はできるよ」
「は? あんたん家って女中だっていたでしょ? なんであんたが料理すんの?」
「あの人たちは父の世話をするために雇われてた人たちだから」
「……ほんと信じらんない。あんた、大変だったのね」
「もう慣れたよ。いや、もう違うんだっけ。あ、そろそろ火を消してくれない? 味噌汁もいい塩梅だ」
瀬菜は三太の言葉に従って火を消した。ついでと言わんばかりに食器を並べていく。味噌汁の鍋蓋を開け、一口味見をした後、盛り付けまでやってくれるようだった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
そのまま食卓へと配膳を行なっていく。ものの半刻程度で作ることが出来た。時間もちょうど昼飯時だし、初仕事にしては上々ではないかと三太は安堵のため息をはいた。
が、
「…………あの、なんでしょうか?」
思わず、三太は聞いてしまった。なぜか入口から覗こ見込むような立ち位置で、しかもなぜかジト目でこちらを睨みつけている家主に向かって、なんでそんな不機嫌そうなんですかと直接聞いてしまったのだ。家主はずんずんと大股で三太の前にくると人睨み効かせてから、
「さっき言ったこと、忘れてないな」
「えっと、はい」
「ならいい。あいつを泣かせるんじゃないぞ」
そんなことを言って、居間に戻っていく。
なんだこれ。
三太はなぜかはじめて恋人の家に来た男のような状況になっている現状に困惑しながら、炊き上がった米をよそっった。
うん、我ながら美味そうに炊けたなと三太は現実逃避した。
✳︎
焼き鮭に煮物、冷奴、漬物にご飯と味噌汁。
他にも適当な副菜をならべ、見栄えだけは十分だと三太は自負している。正直味付けについてはよくわからない。人に食べてもらうのは、はじめてだったし、猫の味付けとかそれこそやったこともなかったからだ。
「うみゃい」
一言。
どうやっているのかわからないが肉球で箸を器用に使いながら、焼き魚を食べた時に発した一言だった。三太自身、魚を選んだのは安直すぎたかと不安だったが、どうやら気に入ってくれたらしい。そのまま白飯、漬物、煮物と箸が伸びるのを見て、肩の荷が降りるような気分だった。瀬菜の方も黙々と食べ進めており、初仕事は成功を収めたと言っていいだろう。
三太は黙々と食べ続ける二人を見つめながら、自分の分を食べ進める。ちょうど半分ほど平らげたあたりで、
「あの」
意を決して、猫っぽい何かに話しかけた。
「ん? どうした?」
猫っぽいなにかは御櫃から白米を装っているところだった。三太がやろうとしたが、まずは自分の分を食えとのことで給仕をする必要はないとのことだったのだ。三太は話しかけるには間が悪かったかと思ったが、猫っぽい何かの表情が気にせず話せと言っているような気がして、そのまま話を進めることにした。
「さっきの話、なんですけど」
「ああ」
「本当にいるんですか?」
「――その、人間を食う、人間に化けた怪物っていうのは」
三太の問いに、猫っぽい何かは答えた。
「ああ、いるぞ。おれは人間は食わねえが、食いたくてこっちに来るやつはいくらでもいるのさ。うめえもんがあれば食いに来たくなるってのは、人間も同じだと思うがね」
「渡来人、ですよね」
「そうだ。お前さん達からすればそれ以上の言い方はねえだろうな」
渡来人という言葉がある。
太古においては大陸からこの国に渡って来た人々を指した。彼らはさまざまな産業、文化をこの国に伝えたという。今日において食卓に並ぶ米も彼らから伝わったものであり、今の生活は彼らによって影響を受けたものであることは間違いない。
しかし、現代においてはその意味がだいぶ変わってしまった。
渡来人とは、異界における知的生命体を指す言葉になったのである。
「
「……具体的な行動に移る前に通報する」
「そうだ。簡単だろ?」
むしゃむしゃと二杯目のごはんを平らげ、猫っぽい何かが三杯目のご飯をよそおうとしている。瀬菜に至ってはすでに五杯目に突入していたが、三太はその事実に触れようとは思えなかった。三太の箸は自分でも不思議なことにそれ以上進まず、二人が美味しそうに箸を進めるのを見ていた。
「なによ? ちゃんと美味しいわよ」
「あ、いや。ごめん、ちょっと気になったっていうか、なんていうか」
「?」
瀬菜は首を傾げながら箸を進める。余程味が合ったのか、細かいことは気にせずに食事に戻ってしまった。
三太も箸を進めようとするが、どうにも気が乗らないのでそのまま愛想笑いを浮かべるかない。
が、
「にゃるほど、そこが気ににゃるか」
猫っぽい何かは三太を見透かしたようなことを言った。
「え?」
「通報というのが気に入らないか。けれど、密告と言うともっと嫌な気分になるんじゃないか?」
さらりと確信をつかれた。
と、同時に三太も自分がどうにも気乗りしない理由に気づくことが出来た。
密告。つまりはチクリ魔ってことが三太の気分を重くしていたのだ。
「そう、ですね。あまりいい気分はしません」
「でも、必要なことだ。世の中、誰かが声をあげなきゃなかったことになるなんてのはザラだ。まぁ、そうだな」
「ここでいくらうだうだ言っても仕方がねえ。明日、早速仕事に行こうじゃねえか」
あとはお前さん自身の目で確かめな、と言って猫っぽい何かも五杯目のごはんを平らげた。
ふと、未だに名前を聞いていないことに三太は気づいた。自分の名前を名乗っていないことも。
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