第4話 幼馴染と出会った
「ここがおれん家だ」
三太がひょこひょこと二足歩行で歩く猫についていくと大豪邸が待っていた。
三太の実家も武家屋敷として有名だったが、そんなものは足元にも及ばないほど立派な屋敷だ。門構えはどこぞの藩主のそれに近いし、重装備の衛兵まで配置されている。総面の面具まで着けており、その為人はまるで掴めない。ただ立ち姿を見るに、相当の訓練を経た武人であることだけは見てとれた。
「あの」
「ん?」
衛兵の視線を無視し、猫っぽい何かに声をかける。猫っぽい何かは相変わらず愛くるしい仕草をしていて、振り向くだけでも頭を撫でたい衝動に駆られてしまう。いや、喉をくすぐった方がいいんだろうか。
三太は自分の思考がどこかへ行ってしまったことを瞬時に自覚し、現実へと戻す。自分から声をかけておいてこんな体たらくでは頭がおかしい奴と思われてしまう。まぁ、親に勘当された時点で真っ当な人間とは言えないだろうがと三太は自嘲する。
「どうした?」
「いえ、その。まだ、名前も聞いていなかったと思いまして」
「あん? そういやそうだったか」
猫っぽいなにかが器用に頭を前足(?)で掻いている。その姿がまた可愛い。さすがに毛繕いまでは見ていないが、それはそれで可愛いんだろうなぁと三太は思った。
「おれの名前は——」
「あー! おっかえりなさーいっ!」
突然、屋敷の方から黄色い声が飛んできた。
三太が屋敷の方へ視線を向けると同時に、もの凄い速さで何かがこちらに向かって来た。三太に反応する余裕はない。風切り音とともにものすごい土煙が三太を襲う。もろに被ってしまい、目の痛みと呼吸が出来なくなって三太は思わず蹲った。
「おいおい。どうした、今日は随分と元気だな」
「んもう、いつだって元気ですー。……それで? そいつが新入りですか?」
土の味がする。
三太は咳き込みながら懸命に土を吐き出しつつ、涙が出るのを待ってから目を開ける。驚いたことにいまだに土煙が立っており、視界が涙で滲んでいたせいもあって目の前の人物をきちんと見ることができなかった。
できなかったが、
「……光って、る?」
明らかにおかしいことがあった。
赤い光。
まるで炎のように揺めきながら、日中であってもはっきりとその輝きが見て取れる。それが風に靡く長髪が発していることだと理解するのに、三太は随分とかかったように思える。
けれど、それ以上に驚いたのは目だ。
文字通り太陽のように赤々と燃え盛る瞳が三太を見ているのだ。
「あんた……っ!」
三太が呆けていると何故か胸ぐらを掴まれた。そのまま引き寄せられる。
三太自身力が強いわけでもなかったが、生まれた家が家だったので武道は物心つく前から嗜んでいる。ましてや少女の細腕に負けることなど考えられなかった。
なかったのだが、まるで対抗することが出来ず、すぐ目の前に燃え盛る瞳があった。
「いきなり、なにを……?」
「あんた、三太ねっ? なんであんたがここに……っ!」
「え?」
三太は名前を呼ばれ、目の前の人物を見返した。
三太の視界が徐々に戻り、目の前の人物が像を成していく。輝く双眸と長髪の方に意識が行っていたが、よくよく見ればついこの間まで見慣れた顔だったことに気づいた。きりっとした眉毛とすっと通った鼻梁、細い顎と輝く双眸の奥には強い意思を感じる。どれも、三太の記憶にある人物に合致した。
彼女は、
「
三太の元級友である。
三喜夫と三太、そして瀬名は同じ学校の出身だった。幼い頃からよく顔を合わせていた仲で、お互いのことはよく知っている。卒業してからは疎遠になっていたのでおそらくは一年振りの再会になるはずだ。なるはずだが、
「えっと、なんで、燃えてんの?」
「うるさいっ! 文句あんのっ!?」
いや、文句とかそういう次元じゃないでしょと三太は思った。
思わずこぼれた三太の本音に、瀬菜は激昂したようだ。燃え盛る瞳と長髪の輝きが増していき、瀬名の端正な顔立ちが激情に歪んでいく。三太は自分が何が悪かったのかまるでわからず、その上、ここまで非日常的な光景を目の当たりにしたことがなかったので、完全に思考が停止した。
なので、
「すごい、綺麗だ」
こぼれた言葉は、完全に混ざりっ気なしの本音だった。
「にゃっ!?」
「……は?」
三太の言葉に、何故か瀬菜の動きも止まった。というか、ある意味空気が凍りついたのだ。
猫っぽい何かもすごい形相で三太を見ていることに気づいた。この場にそぐわない言葉を正確に聞き取ってしまったんだろう。三太だって、そんなことはわかっている。
けれど、思わず言ってしまったのだ。そこに嘘は一切ない。
三太はすぐ目の前で燃え盛る双眸が輝きを瞬く間に失っていく様を見続けた。それが少し残念だったが、ある意味安心感もあった。三太の記憶にある彼女を取り戻して来ていたからだ。
「ば」
「え?」
「ば、ばっかじゃないのぉっっ!」
絶叫。
三太は自身の鼓膜が破れたのではないかと錯覚した。両手で耳を押さえたが、遅い。甲高い耳鳴りと絶叫による衝撃でまた頭の中が真っ白になってしまった。そのまま蹲る。いつの間にか瀬菜は胸ぐらを掴んでいた手を離していたらしい。
三太にとっては数秒程度の時間だったが、三太が顔をあげるといつの間にか瀬菜はいなくなっていた。
「……なんなんだよ、これ」
「いや、それは俺の台詞だ」
猫っぽい何かはジト目で三太を睨みながら、そう言った。
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