第35話 覚醒


 融資とはなにか。


 業務として取り組んでいた頃は融資額に傾倒しているだけで、その仕組みにまで考えが及んでいなかった。もちろん、入行間もない頃に教え込まれたが、正直言って何がなんだかわからないままだったのだ。

 仕組みとしては単純で、お金を預金として預かる。その預かったお金を貸し出す。もちろんただ預かったお金を貸し出すわけではなく、銀行に預かっているお金の一部を残してから貸し出すのだ。これを繰り返すことで預金額を増やし、貸出金を増やす。しかし、実際に銀行に残っているのは預金として預かった分よりも少ない金額となる。

 これを可能にしているのが銀行の信用である。

 だから、はじめて自分のスキルが融資であると聞いた時は驚いた。まず第一に預金がない。預金、つまりは元手がなければ貸し出しをすることが出来ないのだ。しかも、貸出金だって無限じゃない。現実には規制だってあるし、スキルだって同様の制限はかけられるはずだ。

 そんなあれこれを考えていたおれは、ある時、このスキルの使い方に気づいた。

 あれは、数年前。たしか、友達と外でかくれんぼに似た遊びしていた時のことである。

 身体能力の面でも人間と鬼の種族の差は大きい。足の速さ一つとっても勝ち目がないので自然と頭を使う類の遊びになったのだ。

 その時だ。

 おれが全員の位置を把握していることに気づいたのは。

 

「馬鹿っ! なにやって」


 伊藤咲奈の焦った声をはじめて聞いた。


 思考が加速している。

 目前に迫る魔法の数々。その全てが自分に当たると直感的に理解した。


 全員の位置を把握する。言葉にするのは簡単だが、実際に自分の感覚として感じた時の気持ち悪さは筆舌にし難い。すぐにスキルが原因ではないかと考えた。

 けれど、融資のスキルでレーダーのような役割を果たすなんてどうゆうことかと考えた時、ピンときた。

 債権者の住所の把握。

 融資金の回収を図るためには相手の住所を把握するのは当然のことだ。融資係をやっていた時は住宅ローン未納の債務者の家に上席と張り込んだこともある。その上で面談し、話をつけなければならないのだ。

 とにもかくにも、おれは無意識にスキルを使用していたらしい。けれど、そこで問題が一つ。

 いつの間にか、友人たちが債権者になっていた点だ。

 おれは自分が何を貸したのかもわかっていなかったのだ。

 

めるんじゃっ!」


 長老の怒鳴り声。

 強風に乗った炎が頬を撫で、巨大な水の壁が迫る。ゴーレムは地面を揺らしながら、その巨体を生かした拳を振り被っている。

 

 結果から言えば、おれは友人たちに物を貸したわけではなかった。

 もっと別なもの。人間同士の貸し借りの問題だったのだ。


 友人に貸しを作った時に一ポイント貯まる。友人から借りを返されたら一ポイント減る。

 日々の行動一つでポイントが貯まっていくという点だけはおれにとって都合の良いものだった。コツコツとやるのは得意なのだ。なにより、友達を助けること自体、当たり前のことなのだから。

 だから、


「アスラっ!」

 

 おれはこれまでの友情を代価に、最低のことをするのだ。



っ! っ!」


 その言葉と同時に、目前に迫った魔法が消し飛んだ。

 アスラだ。

 さっきまで気を失っていたアスラがおれの目の前にいる。

 

 

 

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