第36話 覚醒 二
強制執行。
債権者が債務者に対して行使する強制徴収権の発動を意味する。
つまり、相手の都合などお構いなしで借金を取り立てるってことだ。
「馬鹿なっ、何が起きている…?」
黒い外套の連中が動揺している。
もちろん戦士候補生だって、長老ですら驚いているようだった。
ただ一人、伊藤咲奈だけは違った。
「なるほど、それがあなたの使い方ですか」
見定めるような視線は無視する。
不快だったし、じろじろ見るなと文句も言いたかったが全てこの状況をなんとかしてからだ。そう、こんなめちゃくちゃな状況でなきゃこんな真似しなくて済んだのに…!
怒りと苛立ちが湧き上がる。
おれはアスラへと意識を戻した。
「──」
やはり意識がない。
薄らぼんやりとした表情と半眼を開いた表情は明らかに廃人のそれだ。全身も脱力しており、猫背気味で立っている。普段のこいつからは考えられないほど無気力な姿は異常そのもの。
何より、全身から膨大な魔力を立ち上らせている。下手すれば長老が纏うそれよりも遥かに大きいものをだ。
数々の魔法を消し去ったのも、この膨大な魔力によるものだ。
ああ、本当におれはクズだ。
また、友情をてめえのために利用してしまった。
「アスラ」
おれの言葉にアスラは反応した。
けれど正気に戻ったわけじゃない。まるでロボットみたいにぎこちない動作でおれを見たのだ。
無表情。半眼をあけたまま首だけを使っておれに視線を向ける様はホラー映画で出てくる幽霊の類のそれだった。いや、ゾンビに近いかもしれない。
よくもまぁ、こんな真似をして未だにダチだと思っている自分が最悪に気持ち悪かった。
ああ、本当におれは自分勝手なクソ野郎だ。
「蹴散らせ」
おれの言葉と同時に、アスラの姿も消えた。
さっきの長老と同じだ。
多分、風の魔法か何かを使って高速で移動したのだ。原理は単純。けれど出力が異常すぎておれの目には消えたようにしか見えなかった。
「構え──っ!」
絶叫に近い金切り声が途絶える。
黒い外套を纏った連中は軒並み吹き飛ばされた。
猛烈な勢いで岩肌に激突して動かなくなった。まぁ、大丈夫だろう。彼らの頑丈さは人間の比じゃない。痙攣しているが小一時間もすれば意識を取り戻すはずである。
「貴様ぁああああっ!」
怒鳴り声が響く。
氷柱に凍らせられた黒い外套の人物の声だ。
意外だったことが二つ。
どうやら外套の人物は女性のようだ。くぐもった声のせいでわからなかったが、今の絶叫は男のそれとはまるで違う。そして、もう一つは。
どうやらこの女にも仲間を大切にする意思はあったらしい。
「死ねっ!」
火球が発射された。
速度を重視したのか先ほどよりも小さい。おれの動体視力ではそこまでしか見切れず、あっという間に目の前に迫ってきた。
が、それも、
「ありがとな」
アスラが防いでくれた。
もう一発と魔力を込めた黒い外套を纏った女を長老が容赦無くぶん殴った。一発KO。そのままノびて動かなくなった。
「全員を拘束せよ。村に戻って事の顛末を詳らかにせねばならん」
長老の掛け声で戦士候補生が黒い外套の連中を縛り上げていく。
これで終わりだ。
結果としては圧勝だ。
けれど気分は最悪だった。
「すごいですね。驚きましたよ」
伊藤咲奈は笑っている。
おれの表情や雰囲気を察しているだろうに、なぜか満面の笑みを浮かべていた。
「やっぱり、あなたは大和に必要な方でしたね」
「友情ですら対価にする覚悟。それこそ私たち日本人が持つべき信念です」
頭湧いてんのか、こいつ。
おれは何があってもこの女を信用しないと再び心に誓った。
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