第34話 裏切り者 三
「待てっ!」
制止の声を無視して駆ける。
とんでもバトルに戦士候補生が意識を向けすぎて拘束が緩んでいたのだ。子供ながら懸命に走り、黒い外套の集団に向かって突撃する…そういうつもりで走っていたのに。
明らかに遅い。遅すぎる。
黒い外套の集団は焦った様子もなくおれを見据えている。背後から戦士候補生が追いついてきているのもわかるし、不甲斐ない自分への怒りがどんどん湧き上がってくる。
魔力が欲しい。
魔力があればおれだって戦える。今まで感じたこともなかった焦燥感が全身を包んでいた。おれができることは何もないのに、おれがすべきことはもっと別なことのはずなのに。
集中力が増しているのがわかる。
自分の動き、周囲の動き、全てがスローモーションに感じられた。
だから、呼吸に意識を集中する。
ほぼ毎日続けていた行為。坐禅を組まなくとも、それに近い感覚を掴むことができた。あとは結果だ。繰り返した行為を自分の身体に刻み込むことはできたのだ。だから、あとは結果だけなのに。
おれはおれ自身の魔力を感じることはできなかった。
わかっていたことだ。おれには魔力を見ることはできるし、感じることはできる。けれども生み出すことが出来ない。出来るようになると信じていたのに、こんな場面でも出来ないのだ。
伊藤咲奈の言葉は正しい。
おれには魔法なんて無理だったのだ。
こんな大事な場面になるまで、そんな事実を思い知らされるなんてどこまで馬鹿なんだろうか。
生前もそうだった。
新しいことを始めるのは苦痛でもなかったし、コツコツやることはむしろ得意だった。でも、新しく始めることが自分に向いているのかと考えたこともなかった。
惰性で続けることほど無駄なことはない。
いつだって同じようなことを繰り返して、その事実に満足するだけ。そこから先へ一歩でも踏み出すことが出来ない。
ここに来てからも同じだ。
何一つ変わっていない。
だから、こんな大事な場面でも何もできない。
本当に?。
「やれ」
視線の先で火球と水球が生まれた。風が吹き荒れ、地面から巨大なゴーレムが飛び出してきた。黒い外套を纏った集団の魔法。どれも規模としてはたいしたことはない。魔力自体もさほど込められていないのがわかる。
だからと言って、魔力を使えないおれでは対抗すらできない。
できない。
できないからなんだってんだ。
「う、おおおおおおおおっ!」
叫ぶ。
理屈なんてもんはとっくにかなぐり捨てた。そうでなきゃ飛び出すことだって出来なかっただろう。結局、やるかやられるか。
おれは飛来する魔法の数々を前に自分の中にある違和感だけを頼りに駆けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます