第33話 裏切り者 二


 何を言ってるんだ、こいつは。


 人間排斥派? 言葉通りなら明らかな人種差別集団そのものだろう。いや、種族差別だろうか。戦士候補生達の警戒度が上がった理由もわかる。俺を守るように立ち位置を変えたのも、他に仲間がいないかと視線を走らせ始めた様子を見て、なにやらやばい連中であることはわかった。

 というか、敗北したってのはなんだ?

 さっきの発言といい、嫌な予感はしたがあえて深く追求するのだけはやめておこうと思った。

 今、大事なのはアスラだ。

 未だに意識が戻っていない様子を見ると、何か薬を盛られているのかもしれない。外傷はないようなので、あとはどうやってあの人物から奪い取るか。


「なるほど。つまり、狙いは透さんだったわけですね?」


 伊藤咲奈はなぜか上機嫌な様子で話を続ける。

 その不気味さを感じているのか黒い外套の人物はより強くアスラに刃を押し付けた。


 たらり、と赤い雫が刃を伝うのが見えた。


「てめえ、やりやがったなっ!」


 叫ぶ。

 湧き上がった感情が理性を一瞬で置き去りにしたのだ。気づけば戦士候補生の一人に抱き抱えられていた。全身で掘り解こうとしたが七歳児では高校生に勝てる道理はなかった。


「やめんかっ!」


 ざわついた雰囲気が一瞬で静まり返った。

 それまで沈黙を守っていた長老が全身からが迸っている。突然の一喝で場の雰囲気を一瞬で変えるのは流石だ。おれですら呆気に取られてしまって、頭が冷静になった。


「咲奈殿。すまんが、この件はワシに任せてくれんか」


「ええ、別に構いません。…ただし」


「わかっておる。情報は全て渡す。他にも村に協力者がおれば引き渡そう」


「あの方はどうするんですか?」

 

 伊藤咲奈は黒い外套の人物を指差した。

 顔が見えず体のラインが見えないせいで男なのか女なのかもわからない。けれど、村の者であるのは間違いない。

 長老は一拍の間を空けて、


「子供は宝じゃ」

 

 と答えになっていないことを言った。


「長老…?」


「これはワシが長となった時に全ての村の者に伝えた言葉じゃ。我らは超命種。他の種族より長く生き、そして、多くの子をなすことができる。だからこそ、子供を大事にせねばならん。でなければ、ワシらこそが滅ぼされる存在へと成り下がるからじゃ」


「ふざけるなっ! その滅ぼされた存在を、どうして生かして」


「そうじゃ。?」


 圧が増した。

 長老から迸る魔力がこの空間全てを覆っている。敵意も悪意もないのに、いや、むしろおれたちを気遣ってすらいるだろうに圧倒的な存在感で押しつぶされそうになる。

 それを直接向けられた黒い外套の人物はどれだけの重圧になるだろうか。


「う、ああああああああああああっ!」


 突然、叫んだ。

 黒い外套の人物はアスラを放り投げ、そのまま逃げるように走り出した。あまりの慌てぶりに頭がおかしくなったのかと思ったが、意外に冷静だったらしい。

 

 黒い外套の人物は走り出すのと同時に炎の球をいくつも飛ばしてきた。

 

 その数は十を超えている。飛んでくる火球の熱量で肌が焼けるようだった。火力も申し分なく、込められた魔力量は明らかに戦士のそれに匹敵する。

 少なくとも、戦士候補生たちですらあんな大きな火球を一つ生み出すことすらできないだろう。魔法の実演を何度も目にしたことはあるが、あんなに大きなことは見たことはなかっし、そもそも複数同時に火球を生み出す場面を見たことはなかった。

 

 が。


「つまらんな。この程度で馬脚を出すとは。一から修行のし直しじゃ、



 消えた。

 長老が腕を振っただけで全て消えてしまった。

 圧倒的な実力差。

 長老が何をしたのかまるでわからなかったが、多分、ただ魔力で撫でただけなんじゃないだろうか。

 

「化け物めっ!」


 負け惜しみを叫びながら、黒い外套の人物は逃げる。意外に早い。多分魔力で身体能力を上げているんだろう。魔力が全身を流れている様子が見える。滑らかすぎて気持ち悪い。それだけ習熟していると言うことなんだろうが、もしかすると大分長生きをしている人物なんだろうか。


「【業火のアウラ】…っ!」


「嘘だろ、大戦の英雄じゃないかっ…! 生きてたのかよ…!」


 また周囲がざわつき始める。有名人なんだろうか。英雄というからには偉人の類なんだろう。

 それが人間を目の敵にしてるってことは、どういう意味なのか。なんとなくではあるが話の流れが見えてきた気がした。


「逃げても無駄じゃ」


 強キャラ感増し増しのセリフと共に長老が消えた。

 少なくともおれには移動した姿は見えなかったし、魔法を発動した気配も読み取れなかった。が、現実に魔法は発動していたのだ。

 

「馬鹿な…!」


 数メートルを超えた巨大な氷の柱が出来ていた。

 その中腹の高さで上半身を出した状態で黒い外套の人物はもがいていた。下半身を氷の柱から抜こうとしても抜けない。

 勝負は一瞬で着いてしまったのだ。

 

「さて、昔話をしようかの」

 

 長老は宙に浮いたまま黒い外套の人物へ近づいていく。

 それを見て、おれはすぐに視線を逸らした。

 これ以上先のことはもう関係ない。何よりも大事なのは、


「てめえら、なにやってんだっ!」


 アスラである。

 アスラは黒い外套の人物から放り捨てられたまま、床に倒れている。

 けれど、おかしなことがあった。

 いつの間に現れたのか。黒い外套の人物と同じような服装をした連中がアスラを運ぼうとしていた。

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