第31話 迷宮 二
「さ、どんどん行きますよー」
陽気な声を上げながら伊藤咲奈は先陣を切ってダンジョンを踏破する。
戦士候補生がおれと長老の周囲を固め、伊藤咲奈の後を文字通り付いていく。歩くような速度での行進だが、眼前の光景を見ていると明らかにおかしかった。
血飛沫が舞う。
伊藤咲奈は踊るような足取りで襲いくる魔獣を引き裂いているからだ。
素手で、である。
体液や血液がかからないように気を使っているのが見てとれる。自身よりも大きなクマのような魔獣から肉体の一部をもぎ取った時は、流石に化け物じみた膂力に背筋が凍った気分だった。
というか、『ファンタジスタ』なんてスキルのくせにゴリゴリのフィジカルモンスターじゃねえか。
「長老。あれ、人間ですか?」
「どう見ても人間じゃろ。まぁ、中身は魔獣よりもおっかないがのう」
呆れ顔のおれと長老に反して、周囲の戦士候補生は特に驚いてもいないようだった。というか、この状況で周囲の警戒を怠っていない。見た目も年齢も高校生ぐらいなのに私語を一つも交わさずに連携している様子は、見ていて頼もしさすら感じさせる。
「で、どうじゃ? まだ奥の方へ向かっているのか?」
「…はい。またさらに深く潜りました」
長老の問いかけに対して正直に答えた。
もちろん、アスラの居場所のことである。
このダンジョンに潜った時点でアスラの正確な位置を把握できた。当初はさほど深くない場所にいるようだったが探索が進むにつれ、おかしなことが起こった。おれたちが潜れば潜るほどアスラも深く潜っていくのである。
これでわかることは二つ。
アスラは誰かあるいは魔獣に連れ去られているということとおれたちの位置をある程度把握していると言うことである。
「魔獣には知恵をつけているのもいますからねー。もしかすると、私か長老に恨みを持ったやつの仕業かも。いや、長老の方かなー」
「何故そう思う?」
「だって、長老の家からいなくなったんでしょ? 誘い出すために攫ったとしか思えないじゃないですか」
「でも、長老の家には戦士が何人もいるし、西の森自体監視されてる。そもそも、魔獣ならそんな回りくどい真似をしないで襲ってくるんじゃないですか?」
「ええ。だから、犯人は魔獣じゃないんですよ」
「え?」
「もう少し知恵が回るやつが犯人なんでしょうね。その知恵を、もう少しまともなことに向けられればよかったのに」
気になる言葉だったが、また魔獣が襲いかかってきたせいで会話が途切れた。
今度は猪みたいな魔獣だ。
実物はテレビとかでかしか見たことはないが、それよりも遥かに大きく、迫り来る姿は2tトラックが爆走してくるくらいの迫力があった。
それを伊藤咲奈は最も容易く受け止め、そのまま相撲の掬い投げのように地面に叩きつけた。
衝撃でおれは尻餅をつきいてしまう。というか、この人やっぱおかしい。
快進撃は続く。
順調すぎる行軍で散歩でもするような気分になってきたころ、
「止まりました。あいつも無事です」
ようやく終点が見えてきた。
さらに進むと石造りの階段が唐突に現れた。伊藤咲奈を先頭に階下へ降り、その造りの違いに圧倒された。
石造りというには精緻すぎる空間はある種の感動を覚えた。
ヨーロッパの古代の宮殿のような趣のある空間の中央。
そこに、アスラと、
「裏切り者め…っ!」
黒い外套を纏い、顔を仮面で隠した人物がいた。
アスラは寝ているようだ。
件の人物はアスラを腕の中に抱き上げ、首元に刃物らしきものを突きつけている。
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