第15話 乱入者
「すまんな。無断でお邪魔させてもらったぞい」
不法侵入してきたのは伊藤咲奈だけではなかった。彼女の背後には長老の姿もあったのだ。殺気立っていたシーナさんとアグニルさんもこれには驚いた表情を浮かべていた。
「どういうことですか、長老? 今大事な話し合いの最中なんですが」
「わかっておる。わしとて我が子を憂う気持ちは十二分に理解できる。だが、その思いだけで判断を下すのは拙速すぎると言いにきたんじゃ」
「どう言う意味だい?」
シーナさんの怒気が強まった。そばにいるからこそわかる。怒りのボルテージが上がるほど迫力がどんどん増しているのだ。並の赤ん坊ならとっくに泣き叫んでいるだろう。かく言うおれも怖過ぎてその場から逃げ出したくなっていた。いや、歩けないから無理だけど。
「そのままの意味ですよ。透さんのスキルはみんなの役に立つんです。それを役立てないなんてダメですよ。多少のトラウマがあるならそれを克服することこそ大事だと思いませんか?」
ね、とおれを見つめる伊藤咲奈。
どうやら話し合いの最初の方からいたらしい。誰にも気配を悟られないようにしていたのかと思うとドン引きだが、それだけシーナさんとアグニルさんが真剣に話を聞いてくれていたと思うと二人には頭が下がる思いだった。
「部外者が何を言ってんだい。ようやくわかったよ、あんた、人の心がわからないんだね」
「? 心ですか? 今の会話で、その話いります?」
「そういうところさ。この子の様子だって見てただろ? 誰の指図かしらないがそんな真似を私たちが許すと思う方がおかしいな」
「困ったなぁ。でも、彼のスキルは今の私たちに本当に必要なものなんですよ。そんな風に頭ごなしに否定されるのも傷つきます」
「悪いがサクナ、俺たちが優先するのはトールだ。ヤマトの連中には世話になっているがこの件は譲ることはできない。
穏やかな口調で話しているはずなのに、アグニルさんはまさしく鬼のような形相をしている。全身から立ち昇る重圧に思わず息を呑んだ。もしかするとシーナさんに抱かれていなければそのままおしっこ漏らしそうなくらいにはびびってしまったのだ。
そんな重圧すらも意に介さず、伊藤咲奈は普段通りに笑みを浮かべている。
「怖いなぁ。せっかく仲良くなれたのになぁ。でも、私にだって譲れないものはあるんです。だから、引き下がることなんてできません」
「そうか、ならもういい」
沈黙が重い。
シーナさんはおれを抱き抱えたまま、ゆっくりとイーナとジーナの眠るベッドに近づいていく。その間、アグニルさんと伊藤咲奈はお互いの視線を一切外さない。
異様な光景だった。
この張り詰めた空気を生み出している本人たちは微動だにしていないのに周囲の人間だけがこれから起きる出来事に備えているのだ。
ふと、おれは長老を見た。
ここに来てから発言したのは最初だけでそれからはほとんど何も話していない。年長者で発言力もあるのだから仲裁を期待したが、無駄だった。
長老自身もどこか不機嫌そうな表情で黙り込んでいるのだ。
かと言って逃げ出すような雰囲気もない。おそらくはこの状況に呆れているのかもしれないなと思った。けれど、すぐに止めに入る気配もないことから静観するつもりなのかもしれない。
つまり、このままだとこの二人が暴れ出すということだ。
正直この世界の人間がどれだけの戦闘力を持っているのかは気にはなっていた。魔法やスキルを使った異次元戦闘が見れるのかもしれない。
けれど、ここはアグニルさんとシーナさん、イーナ、ジーナ、そして、おれの家でもある。
そこを壊されるのだけは、想像しただけで嫌な気分になった。
だから、
「あの、いいですか…っ!」
勇気を出して声を上げた。
「おれ、やります」
全員の視線が集中する。
一瞬躊躇しそうになったが、最後まで自分の意思を言った。
「まだ赤ん坊なんですぐには無理でしょうけど、成長したら大和でしたっけ? 協力してもいいですよ」
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