第14話 はじめての家族会議

「もう大丈夫です。気分も大分良くなってきました」


「だめだ。しばらく母に抱きついておけ」


 儀式を終え、自宅に戻るとシーナさんはおれを抱き抱えたまま真剣な表情で居間(普段から食事をする場所)に移動した。イーナとジーナは既に夢の中だ。アグニルさんがベッドに丁寧に寝かせ、そのまま俺たちの元に来た。


「なにがあったんだ?」

 

 アグニルさんが珍しく落ち着いた声音で言う。

 どう言ったものかと考えたがシーナさんも心底心配そうな顔をしているので正直に答えることにした。あれだ、やはり母親を悲しませるというのはどんな世界であっても絶対にやっちゃいけないことだと思う。泣きそうな顔をされるだけで自分がどれだけ情けない男に成り下がってしまったのかと胸が痛くなる。

 

「前世の話です。おれは金貸をしていたんですよ。あの、前から気になってたんですがこの世界には通貨はあるんですか?」


「もちろんだ。それに、金貸を生業にしている者もいる」

 

 アグニルさんが答えた。シーナさんは黙っておれの話を聞き逃すまいとしている。

 …考えてみればこの世界のことをまだよくわかっていなかった。いや、まぁ、赤ん坊なんだから寝ることが仕事だし、寝落ちなんて当たり前過ぎて起きてることだけでも意外に大変だったのだ。

 今だって正直いつ寝落ちしてもおかしくない。だから、もう、恥も外聞もなく言うことにした。


「その仕事をしている時なんですが恥ずかしい話、生きている心地がしなかった。いつも上司や顧客とのせめぎ合いや鎬の削りあい。自分たちが儲けるため…いや、それですらない。ただ自分の保身のためだけに汚い真似もしてきました」


 今でも思い出す。

 課長からのプレッシャーを受けながら営業をして運用商品を売りつけていた頃。自分の祖父母と同年代の人に口八丁で契約を結ぶのだ。必ず儲かるなんて言葉は使わなかったが錯覚させるようなことをいくらでも話した。新聞を必ず読めと強制的に契約させられ、毎朝そこからネタを拾うのだ。

 不安を煽り、都合のいいことだけをピックアップして商品を契約する。

 一番評価されるのは手数料だ。それ以外のことは全てどうでもいい。

 どんな業界であれ営業の仕事をしていれば似たようなことを経験したことはあるはずだ。けれど、おれにはそれが正しいことだとは到底思えなかった。なにより上司追い込みがどれだけきつかったか。自分の存在を全否定されながらねちねちねちねち数字を上げられないことを長時間、徹底的に責められるのだ。

 自分よりも年上の人間がそんな道徳心のかけらもない行動をすること自体信じられなかったし、未だに夢に見ることもある。

 もちろん、融資関連の業務をしてからも同じだ。

 より上からの責め、支店長からの詰めがさらにきつかった。


「ここに来てからは幸せでした。シーナさん、アグニルさん、イーナ、ジーナのみんなのおかげです。でも、スキルの名前を見て、昔のことを思い出してしまって気分が悪くなってしまったんです。本当に申し訳ありません」


「辛い記憶なら思い出す必要はない」

 

 シーナさんが言った。

 

「お前は私たちの子だ。子をわざわざ不幸になる道へ行かせる親がどこにいる。今日のことは忘れ、この村で」


「それでは困るんですよ」


 突然の声。

 相変わらずの明るい声だ。てっきりそのまま帰ったのかと思ったが、ちゃっかり不法侵入をやらかしたらしい。

 アグニルさんとシーナさんが強烈な殺気を滲ませた緊迫の雰囲気の中で、


「あなたのスキルは皆の役に立てるんです。ほら良いことをすれば良いことが返ってくるって言うじゃないですか。昔辛いことがあっとしても、これから幸せになればいいんですから安心してください」

 

 伊藤咲奈は変わらぬ笑顔を浮かべている。

 

 


 

 

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