第13話 スキル:融資


「ふむ、これはなんと読むんじゃ?」


 長老は珍しく怪訝そうな表情を浮かべながら、ぼろぼろの紙を見せてきた。書かれていたのは日本語だ。多少形は崩れていたが十分に読み取れる。だから内容についてもすぐに理解できた。

 理解できたからこそ、おれは愕然とした。

 

「…融資」


「ユウシ?」

 

「ええ」 

 



 

 ここは祠と呼ばれた村の一番奥まった場所にある建物の中。

 赤ん坊の視点では細部まで見ることができなかったが神社の拝殿の中そっくりだった。長老の格好といい、この集落にはやはり日本の文化が一部入り込んでいるのかもしれない。

 そんな場所で火を焚いて、そのまま儀式に突入。祝詞をあげるように読み上げた謎の呪文によって、何もないボロボロの紙に文字が浮かび上がった。

 それを今読んでいるわけなのだが、


「いや、でも、これ、スキルとかそういうことじゃないんですけど…」

 

 読み進めていくほどに絶望感が押し寄せる。

 書かれている内容があまりにも知りすぎていることだったから。融資の五原則、与信の意味などなど。極め付けはスキルの発動条件だ。

 

 預金がなければ発動不可。つまり、元手がなければ何もできないのである。

 

 赤ん坊に金を稼ぐ方法なんてものはないし、そもそも金貸しとして生きていくこと自体正直勘弁願いたい。まさか生まれ変わってまで融資で頭を悩ませることになるとは思わなかった。いやだって、マジで辛いんだぜ? 金が必要ない会社の社長に無理くりお願いして金を借りてもらったり、金がなければ倒産するような会社の社長を断ったり。そんな真似をしなければならないと思うだけで胃が痛くなるし、変な汗まで噴き出てきた。

 

「これで儀式は終わりじゃ。その生涯に祝福があらんことを」


 そんなおれの様子を察してくれたのか、長老が粛々と儀式を閉めた。

 自覚できるほど気分が悪くなっている。…嫌な記憶が吹き出してきて止まらなくなってきているのだ。ここ数ヶ月で吹っ切れたつもりだったが、抱えていた案件や対処すべき事項が山ほど頭の中に浮かんで思考を埋めていく。

 ああ、気持ち悪い。

 不自由な体がもどかしい。このまま気を失えれば楽になれるのにと考えても思考がまるで止まらない。そもそも、今生きていること自体間違っているのだ。やるべきこととやってはいけないことの線引きを曖昧にして数字を上げる人生。そんな無意味なことを続けているやつがどうして異世界転生なんてご褒美を貰えると勘違いしてしまったんだ。死ねばいい。そう、どうして死んだのかもわからないがこのまま死ねば楽になれる──


「大丈夫だ、私たちがついている」

 

 ──なんて馬鹿なことを考えていたのに、その一言で正気に戻った。

 じっと見つめる眼差しはまっすぐで力強い意志を感じさせ、抱きしめる両腕から伝わる力強さと熱が伝わってくる。散り散りに乱れた心が穏やかなそれに戻るのを自覚して、おれはゆっくりと息を吐いた。

 情けない。

 今のはおれ自身の未熟さが出てしまった。

 三十五年も生きてきたくせにちょっと嫌なことを思い出したくらいであんな状態になるなんて、本当に馬鹿らしい。ここは元の世界でもないし、周囲にいるのは家族と言ってくれた人たちなのだ。あの頃みたいな惨めな思いをすることなんてないはずだ。

 そう、そもそもスキルに頼るだけが人生じゃないはずだ。まだ時間が十分にある。とにかくスキル以外でも生きていけるようにやるべきことをやっていけばいい。

 そう自分を納得させようとして、


「よかった。これなら


 そんな一言が耳に入った。

 誰が言ったのかはすぐにわかった。

 声の響きは内容と違い底抜けの明るさ。

 おれが反射的に見つめても、動じることなくまっすぐ見つめ返してくる。

 

 伊藤咲奈。

 

 やはり、彼女は油断ならないと心に深く刻んだ。

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