第16話 条件




「ダメだ、トール。こいつらは信用できない」


「そうだ。赤ん坊だろうと関係ないやつらなんだぞ。母は許さん」


 おれの言葉を聞いたアグニルさんとシーナさんに猛烈な反対を受けた。まぁ、それが当然の反応だろう。伊藤咲奈の言動は明らかに幼稚過ぎて聞くに絶えない。自身の要求だけをただ押し付けようとしている魂胆が見え見えなのだ。

 けれども、その幼稚さがどうにも気になるのだ。

 いわゆる押し売りに近い行動だが、彼女自身にその劣悪さの自覚がないように見える。多分、そういうやり方しか教えられていないんだろう。いわゆるブラック企業やなんちゃって意識高い系の会社がやる洗脳に近い手法を受けたんじゃないだろうか。

 なにより、大和というギルドに依存しているようにも見える。多分そういうスキルが使えるやつもいるんだろうなと思った。

 

「もちろんそれはわかってます。でも、それでも同じ日本人の人たちがいるんです。その繋がりを無視することはできないですよ」


 嘘だ。

 こんなやばい思想を持った連中と関わる方が遥かにリスクである。その程度のことを考えられないほど頭まで幼くなってはいない。

 それでもこの繋がりを捨てる気にはなれなかった。

 理由の一つとして、ここで交渉決裂すればアグニルさんたちに迷惑がかかる可能性が高いからだ。ここで生活してみてわかったがこの世界にはおれがいた世界の技術が浸透している。見た目からしてまんまな電化製品や設備がおいてあるのだ。

 冷蔵庫に水道、水洗トイレまでついている。そのくせ中途半端に民族風な調度品がそこかしこにある状況は明らかにチグハグしているように見えた。

 おそらくは、大和からの技術提供というか交易によって手に入れたものだろう。しかも一般家庭にあるぐらいなのだから、それだけ関係は深いはずだ。下手に拗らせていいことなどあるわけもなかった。

 それに、もうひとつ理由がある。そちらの方が本音で言えば重要なのだ。


「さすが透さん。私の話を聞いてくれんですね? やっぱり日本人同士で仲良くしなきゃいけないですよね」


「黙れ。貴様と話すことなどもうないと」


「そこまでだ」


 長老がアグニルさんを止めた。

 これまで静観していたがようやく重い腰を上げたらしい。アグニルさんは警戒を解かなかったが長老へ視線を向けている。


「アグニル、シーナ。二人は少し落ち着きなさい。トールの方がよほど冷静に物事を見ているぞ」

 

 二人は無言のままだ。

 けれど、室内の重苦しい雰囲気がわずかながら軽くなったような気がする。

 

「サクナよ、少し時間を置こう。お主の要望については十分に伝わっているようだ。落ちついて話合えば二人も反対はしないはずだ」


「長老、さっきのトールを見たはずだ。明らかにおかしかった。この子にそんな辛い思いをさせる気はない」

 

 アグニルさんは長老に食ってかかる。

 けれど、長老はどこ吹く風だ。一瞬だけおれを見たが、そのまま咲奈さんを連れて家から出ようとしている。

 一旦お開きにして仕切り直すつもりだろう。

 けれど、それはあまり良くない気がした。こういう交渉の場で日を改めることは主導権が有耶無耶になってしまうのだ。

 今はまだ、おれの意思を確認している段階。けれど、次回にはおそらく大和のメンバーも来るはずだ。それも偉い方の。

 それはダメなのだ。

 事態が大きなる程、実は有利な条件を勝ち取るのは難しくなる。担当者同士で条件をすり合わせた方が商談もうまくいきやすい。あるいは、まともな条件を結ぶことができるのだ。

 鶴の一声なんてものに何度振り回されたことか。

 生前の苦い記憶を思い出し、


「いえ、条件を言います。これを呑めるならおれは必ず協力します」

 

 おれは声を張り上げた。

 





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