Ir-S-3「Chance-天地邂逅-」

「スペリアさん! これまだ食べれそうかな?」

 そう言いながら、壊れかけた買い物カゴに沢山の缶詰めとお菓子を持ってくる。

「どれどれ〜? 『美味い美味い焼きサバ缶!』に『超美味い!舌がとろけるモツ煮缶!』かぁ……君、結構渋いの持ってくるね。どれもまだ食べられそう。まぁ中身が悪くなってたら廃棄なんだけど……。他には、『ラッキーロード』に『五平餅煎餅』、それとラスク。いいね〜」

「やった〜」

 私はそれらを荷物に捻じ込んで背負い直す。

「よし、行こっか」

 そう言って2人で廃墟を出た。

 今日も変わり映えのしない廃都市を2人で歩く。

 ルミメィルは、ご機嫌に鼻歌を口ずさむ。

「そこの嬢ちゃん」

 そう突然、私の背後から男の声がした。

 私はそれに振り向く。

「あっちにホテルがあるんだけどよぉ。俺と良いことしねぇか?」

 そう私の耳元で囁く。

 私は、それに対して思い切りビンタを喰らわせる。

 男は、頬を抑えながら地面に倒れる。

「行こう」

「う、うん」

 私とルミメィルは、地面で悶える男を無視してその場を後にした。


 ◯


 日が暮れ、パチパチと火が可燃物を燃やす。

 火が安定してきたところで火網を被せてその上に封を切った缶詰めを置く。

「さて、少し待ちましょ」

「スペリアさん。さっきの熱くなかったの?」

 そうルミメィルは、私が素手で火の上に缶詰めを置いたのについて聞く。

「熱くなかったよ」

 私がそう返すと、ルミメィルは何を思ったのか火に手を伸ばそうとする。

 私は咄嗟にその手を掴んむ。

「私は熱くなかったけど、君は火傷しちゃうよ?」

「ご、ごめんなさい……」

「怪我はしてない?」

「うん……」

「も〜、しょげないの〜。ほら、そろそろ煮立ってきたよ!」

 そう言って、今度はトングで缶詰めを1つずつ火からあげる。

 互いに煮沸消毒した食器に載せ、比較的平らな石をテーブルがわりにして白煙を立てる夜ご飯を置く。

『いただきます!』

 2人声を合わせて唱える。

 私たちは出逢ってから5日間、今日のような日々を送りながら旅をしている。

 いや、今日は少し違った。

 ナンパしてきた男だ。

 あの時は、危険を感じて咄嗟に手を出してしまったが、彼も私達と同じく地上を放浪する旅人だ。

 どんな不純な理由であっても彼と話すことで理解そして協力できたのではないかと、今日の行いを恥じ、後悔している。

 後悔を頭に巡らせていると、何かその間にもルミメィルが喋っているが、頭に入って来ない。

 今日のたった一瞬、たった一発の平手がここまで私を後悔させ、ルミメィルが眠ってからも私は眠れない。

 ただただ、不安だった。

 あの一発が彼の命を奪ってしまっていないか?

 あそこで見捨ててしまったことで彼は命を堕としてしまったのではないか?

 脳裏で『Ifイフ』ばかりが過ぎる。

 そうして一晩不安に苛まれた後、地平線の先に太陽が昇り始めた頃に気絶するように眠った。


 ◯


「スペリアさん! スペリアさん!」

「うぅ……うぅぅん? ルミメィル?」

「良かった! 凄く苦しそうに泣いてたから風邪引いちゃったのかなって不安になっちゃった」

「大丈夫だよ……ありがとう」

 そう言って、私はルミメィルを優しく抱きしめる。

「昨日の人を叩いてしまったことを一晩中、考えていたの。あんなことをしてしまって、彼が……彼が……死んでしまったんじゃないかって……」

 そう私がルミメィルの肩で顔を押して涙すると、ルミメィルは届かない手で私を弱く抱き返す。

「スペリアさんは、いつも僕の為にがんばっててずっと緊張してるもんね。急に手を出した時はびっくりしちゃったけど、本当は優しい人って僕は知ってるから泣かないで」

 しばらくルミメィルの腕の中で泣いた。

 それから気を取り直して私は昨日探索した街に目を向けた。


 ◯


 私はルミメィルに手を握られて廃都市を歩く。

 訳は、単純だ。

 昨日の男を探す為。

 彼も私たちのように帰る場所を探す旅人だっただろうと、私は確信し必ず見つけ出すことを決意した。

 昼に目覚めてから日が暮れるまで捜索した。

 結局、彼は見つからなかった。

 ルミメィルのギュッと握られた手と私の手には、汗が握られた。

 私の不安そうな表情を見てかルミメィルが私に言う。

「スペリアさん! 大丈夫! きっと、またあの人に会えるよ! その時に叩いちゃったこと謝ろう!」

 そう笑顔で言うルミメィルの前にしゃがんで頭を撫でる。

「そうだね。もし、今日見つからなかったら、もう一度逢えた時に謝るよ」

「うん! 僕も一緒に謝るね!」

「え? なんでよ?! ルミメィルは、何もしてないでしょ?」

 そんな会話をしてもう一度、星空に傾き出した廃都市を歩き始めた。


 ◯


 月が昇った廃都市に2人の足音が鳴る。

 双方の口が開かなければ、静寂の月面には音吹ねぶかない。

 その筈だった。

 静寂を突き破るような怒号が響く。

 私とルミメィルは、互いに顔を合わせてうなづき音のする方に走った。

 大通り出た私たちが目にしたのは、荒くれ者達に絡まれる昨日の男だった。

 地に這いつくばって、傷だらけになった男を見て私は走って荒くれ達の群れに飛び込む。

「なんだぁ?」

「何してんの! なんであなた達同士が傷つけ合うの!」

「はぁ? こいつが持ってる食べ物をさっさと横さねぇからだよ!」

 そう言って、荒くれは拳を振う。

 私は顔に一撃受け、後ろに怯む。

「おい。こいつの方が食べ物持ってそうだぜ」

「本当だ! そのカバンに持ってる食糧全部寄越せ!」

「食べ物なんて……欲しいだけ持ってけ! だけど、そいつの命は私が受ける!」

「はぁ? 意味わかんねぇ!」

「なぁこいつちょっと犯してやろうぜ」

「威勢のあるやつって結構タイプだしやってやろうぜ」

 そうゲラゲラと笑う荒くれに私は、自分の背負っていた荷物を荒くれに向かって本気で投げつけた。

「欲しけりゃ。くれてやる!」

 荒くれは缶詰めが大量に入った荷物に押し潰される。

「痛ってぇ」

「何しやがる!」

 何人かの荒くれが武器を持って私に飛びかかってくるが、私は拳と尾で牽制する。

 血だらけになった荒くれ達は、それでも攻撃を続ける。

 私は血だらけの男を横抱きで拾い上げると、荒くれに向かって琰の瞳を向けて威圧する。

「それで十分だろ。野獣ハイエナ共が……! 金輪際、私たちのような放浪者に関わるな。今度、こんなことをした時にはお前らの身体を焼き尽くすほどの痛みの深淵が呑み込むからな」

「ひ……」

 荒くれは、沈黙でスペリアに対しての恐怖を証した。

 私は、それを無視して投げつけた荷物をそのままに男を抱えてその場を去った。


 ◯


「痛っってぇ!!」

 男は悶える。

「仕方がないだろう。傷に菌が入らないようにしないと旅は共に出来ない」

 私は目を細めながら男の傷を縫う。

「でも、なんで助けてくれたんだ?」

「助けた理由? 昨日のことを謝り損ねたらいつまで私は後悔すればいいんだ? そういうことだ」

「はぁ? あんた意味わかんねぇヨッ……痛ぇぇ……」

 一通りの手当てと縫合を終わらせて男の隣に座る。

「昨日はすまなかった」

「え? あ、あぁいや。まぁ、俺もなんだか……悪いことをしてしまった……。突然話しかけて口説くなんてどうかしてたと思う」

「私も口説かれた経験が一度も無かったから咄嗟に手を出してしまった」

「なぁ! あんたら、そうだなぁ。先に名前を聞いていいか?」

「私はスペリア=アリア。スペリアでいい。あの子は、ルミメィル=フォリア」

「ルミメィルでいいよ!」

「お、おう! じゃあ、俺も自己紹介しなきゃなぁ。俺は、アイス=キュビックだ。よろしくな」

「それで先にしようとした質問はなんだ?」

「あぁ! そう! あんた食糧入れてた袋投げつけてたけど、良いのかよ!」

「あぁ、良いさ。多分、食糧を渡してなかったらずっと追っかけてきただろうし、食糧ならまた集めればいい」

「そんな都合の良いこと……」

「あるにはあるさ」

「それにね! 僕とスペリアさんは分担して食べ物を持ってるから僕の袋の中にも食べ物入ってるんだ〜」

 そう言って、6割お菓子の入った袋をアイスに見せる。

「なんだ〜そう言うことかよ〜」

 そう言って、ルミメィルを撫でるアイスを見て私は少し安堵した。

(なんだ。やっぱり私が突っ張り過ぎたんだな。良いやつじゃん……)


 こうして私達の旅に1人、仲間が加わった。

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