第25話 サモン株式会社


「何も知らないみたいだから、この俺! B級探索者の沙門しゃもん大洋が基礎知識から教えてやろう!」


 コーヒー片手に、沙門さんが喋りだした。


「陰野は探索者免許をゲットしたわけだ。おめでとう! だが、それだけでダンジョンに潜れると思ってねえか?」

「え? 潜れないんですか?」

「Fランク向けに一般開放されているダンジョンなら潜れるとも。だがな、今はFランク探索者の数に比べてFランクのダンジョンが足りない! 政府に申請しても半年ぐらい待たされたりするぜ」

「そ、そんなに」


 ダンジョンの活動が低調になった上に、ダンジョン産業が活発化して、需要に供給が追いついてないのか?

 でも、さすがにダンジョンが不足するなんて考えられないけどなあ。


「何でかっつうと、ダンジョンの払い下げ制度が出来たんだよ。ダンジョン解放の一貫として、脅威にならないダンジョンの管理権を民間企業が買えるようになった。そのせいで私有のダンジョンが増えてきて、個人の探索者には厳しい状況ってわけだ」

「うーん資本主義ですね」

「政府系ダンジョンに申請して順番待ちか、ダンジョン企業の求人に応募して安めの給料で働くか。それがFランク探索者の現実ってわけよ。世知辛いだろ?」


 また地道な下積みからスタートなのか……。


「そ、こ、で! この俺が社長を務める企業、〈サモン株式会社〉に入れば! なんと、この俺が権利を持ってるダンジョンに入れちまうんだ!」

「……その会社、従業員は何名ですか?」

「1人だが」

「資本金は?」

「1円」

「権利を持ってるダンジョンの数は?」

「1個」

「貴社のますますのご発展をお祈り申し上げます……」

「やめろって! 祈るなって!」


 零細企業ってレベルじゃねえ……。


「マジな話、買ったダンジョンが一人じゃ手に負えないんだよ。借金して買ったのに! このままじゃ一瞬で倒産しちまう! 助けてくれ! お前なんか妙に強いし!」

「……テキトー経営にもほどがあるだろ……」


 この人アレだな? ダメな大人だな?


「なんとかなるはずだったんだよ! でも俺の召喚スタイルとすげー相性悪くてな、新しい召喚獣の開発が間に合うかどうかギリギリで……同期の連中は今海外に行ってるしさ……な、頼むよ!」


 ……仕方がないなあ。

 一千万円ふっ飛ばしちゃった引け目があるし、ダンジョン半年待ちも嫌だし。


「……じゃあ、働いてもいいですけど。もし利益が出たら、その二割ぐらいは俺の給料に上乗せしてくださいよ」

「利益の二割っ!? ……ま、まあ、背に腹は代えられねえし……それでいくか! ありがとうよ! 恩に着るぞ親友! さすがはフランカーちゃんを倒した男!」


 親友になるの早すぎない?


「よし、そうと決まれば話は早い!」


 沙門社長が席を立った。


「新入社員の歓迎会だ! 飲むぞ! 経費で!」

「……会社に金あるんですか?」

「ない!」


 この人ほんとに大丈夫か?

 ……まあ、会社が倒産しても俺には関係ないし。

 久々に酒が飲みたいと思ってたところだ。



- - -



 やめときゃよかった……。

 よく知らん人とサシ飲みなんてするもんじゃない。

 何を話せばいいんだか。俺、他人の金でビール飲むだけの人と化してる。


「そうそう、この前な! この俺が同期とパーティ組んでダンジョン行ったときなんだけど! 〈サモナー〉だからさ、召喚獣に”行け”とか”止まれ”とか命令を出すじゃん?」

「ですね」

「仲間の一人が落とし穴の前で立ち止まってさ、中を確認してたんだよ。ああいうとこ、たまに珍しい素材が生えてたりするだろ? だからさ、召喚獣に偵察させようとして”行け!”って叫んだんだよ。そしたらアイツまで穴にダイブしやがった! ありゃあ見事なダイブだったよ、審査員がいたら10点間違いなしだ!」

「あはは……」

「罠は無かったんだけどさ。あまりの恥ずかしさに数分は出てこなかったね、アイツ」


 沙門社長は気分良さそうに喋り続けている。


「陰野もなんかないのか? 面白い話」

「どっちかというと辛い話ばっかりですね……」

「……よし! やめよう! っつーか、変に改まらなくてもいいぞ? タメ口で来いタメ口で、ダンジョン潜る仲間に上下関係も何もないしな!」

「タメ口でいいんなら、そうするけど……」

「おう!」


 それからも社長は喋り倒した。よく喉が持つなあ。

 相槌を打ちながら聞いていると、俺のスマホが鳴った。


「あ、やば」

「おう、どした?」

「そういえば……父さんがさ、俺が探索者になったら一緒に酒でも飲んで祝おうって言ってたんだ」

「ふーん? よし、じゃあ三人で祝うか! そういう祝い事ってのは大勢でパーッとやるのが一番だ! 息子の雇い主と酒飲めば、親父さんも預けてる相手が分かって安心できるだろうしな!」


 この人マジ? 陽キャってそういう発想になるの?

 他人の親子がサシ飲みしてるところに突っ込むとか、怖いもの知らずかよ。


「もしもーし! お世話になっております! 陰野くんの雇い主です!」


 ウワッ俺が固まってる間に勝手に電話に出てるーっ!?

 こいつ陽キャとかそういうアレじゃねえ! やっぱ探索者ってアレな奴しかいねえ!


「はい、さっき決まったばかりでして。今は二人で酒を飲んでるところなんです。どうでしょう、よければ合流しませんか? 息子さんの命を預かる以上、できればお互いによく知り合っておきたいですし! はい、はい……おお、本当ですか! ぜひ!」


 父さーん! 絶対流されるがままにオッケーしたろーっ!?



- - -



「ええっ!? あの陰野博士!? 博士の息子さんだったんですか!? 陰野式の圧縮加工DE、めちゃくちゃ愛用してるんです! こうやって何本もリグに入れてて! 俺がダンジョン潜れてるのは99%博士のおかげですよ! あえて商標とか特許を取らず一般開放するなんて、まるで昔の偉い発明家みたいですよね! ほんとに尊敬してますっ!」

「あ、あはは……そんな大したものじゃないよ……なあ歩、いい雇い主と出会ったね」


 いや、いい雇い主ではないんじゃないかなあ!?

 騙されてるぞ父さん!



- - -



「僕たちは必死に皆のために働いてるのにさあ……研究成果だって解放してるのに……最近のダンジョン企業ときたら、技術を独占してばかりだ……」

「酷いですよねえ! 利益利益って! ダンジョンの素材でいろんな革新を起こせる機会なのに! 少しは陰野博士を見習ってほしいですよ!」

「うん……君はいろいろ分かってくれるねえ……歩をよろしく頼むよ……」

「頼まれました!」


 頼まないでくれー!?


 ……そんな調子で、まあ、何だかんだで俺たちは楽しく酒を飲んだ。

 明日から俺は〈サモン株式会社〉の社員だ。

 

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