第26話 勤務初日
翌朝。
朝食後、両親が大事な話を切り出した。
「ところで、歩。高校はどうするんだ?」
「退学するよ。学歴が必要な仕事じゃないし」
父さんも母さんも、特に驚いた様子はない。
やっぱりな、ぐらいの反応だ。
「……そうよね。細かい事情は知らないけれど、何かすごい事になってたんでしょう? 応援するわよ。やりたいようにやってみなさい」
「歩が居なかった1年半の間に、かなりDE兵器の研究も進んできた。いくつか歩の出力を活かせそうな試作品は作ってあるよ」
温かい応援が心に染み入ってくる。
こういう風に認めてもらうだけで、何でも出来そうな気分になってくるな。
「ただし……僕のところは政府系の研究所だから、あんまり融通が効かなくてさ。上に承認してもらわないと、ネジ一本だって貸与できないから……」
「分かった。準備が出来たら教えて」
今すぐ武器が必要ってわけでもない。自作のDE剣でも問題なく戦える。
「あと……あー、その……」
「意外だったわよねえ、お父さん。まさか歩にそんな相手が居たなんて」
「まったくだよ。色んな意味で隅に置けない男だ」
うん? 何の話?
「血矢ちゃん、毎日のように様子を見に来てたわよ? 本当に心配してたわ。海外で仕事が入っちゃって、歩が帰ってくる瞬間に立ち会えないのがすごく残念だったって」
「ちょっと変わってるけど、いい子じゃないか。もうSランクの探索者なんだって? 尻に敷かれないようにがんばれよ!」
あっ!
あああああああ!
うわああああああああアイツ俺が居ない間に外堀埋めてやがったああああああっ!
「誤解だ! 誤解! 俺たちは別に恋人じゃない!」
「またまた。あんなに熱っぽく見つめてたのに?」
「照れなくたっていいじゃないかー?」
「そうじゃなくて!」
「じゃあ、どういう関係なの?」
「……色々と拗れた関係としか……!」
説明しにくい! しょうがないだろ当時の俺は色々と限界だったんだから!
っていうか……まさか、あいつまだ俺を殺しに来る気でいるのか!?
だったら超困るぞ!?
「「拗れた関係!?」」
「だからそういうのじゃ……父さん! 血矢が帰ってくるまでに、急いで兵器を準備して! 絶対に! よろしく! じゃ仕事行ってくるーっ!」
「ちょっと!? 具体的にはどういう関係なんだー!?」
- - -
「陰野! おはよう! どうした、女に刺されそうな顔して!」
「本当に刺されそうだから困ってるというか……」
「えっ!? マジで!? 当たっちまったか! セカンドキャリアで占い師やれるかもしれねえな!」
駅前で沙門社長の真っ赤なボロ車に乗せてもらい、神奈川北西の山間部へ向かう。
会社が権利を持ってるダンジョンは、かなり交通の便が悪い僻地にあるみたいだ。
〈秦野第5迷宮〉っていう、特に特徴のない名前のダンジョンらしい。
「実際、”恋愛関係の悩みですね?”とだけ言っときゃ占い師が務まる気がしねえか? あとはテキトーに語ってもらってスッキリ帰ってもらえばいいだけなんだろ?」
「それが大変なんじゃ……」
「共感なんかテンプレ化されてっから平気だろ! ”さしすせそ”だよ!」
「そうなんだー、すごーい」
「すごいだろー! とでも言うと思ったか! 大事なのは使い方なんだ、使い方!」
景色が深い山へと移り変わっていく。
社長が無駄に低いギアに変えてエンジンを唸らせた。
「いい音だろ! イタ車にゃ美学があるよ!」
「痛車?」
「イタリアン・スポーツカー! アルファロメオのバッジが目に入らなかったのか?」
「……え? ボロいだけじゃなくて、アルファロメオなの?」
すぐ壊れることで有名な、あの……。
道理でさっきから窓を閉めてもズルズル落ちてくるわけだ……。
「刺激的でいいだろ? 走ってたらタイヤが取れるかもな! って、そりゃあ別のメーカーだったな、ハハッ!」
「笑い事じゃないんだけど!?」
無駄にドキドキさせられるドライブの後、俺たちはど田舎の山中にたどり着いた。
ちょっと開けた路肩のスペースに、不法投棄されたゴミが積み上がっている。
すぐ先の崖にぽっかりとダンジョンの穴が開いていた。
「一等地だろ?」
「どこが……?」
「車から降りて徒歩1分だぞ?」
「その車がぶっ壊れて徒歩数時間になりそうなんだけど」
「細かいことは気にすんなって! 行くぞ!」
沙門社長がトランクを開き、ダンジョン用の装備を身につける。
杖を携えたファンタジーの魔法使いみたいな格好に、チェストリグやらニーパッドやらブーツやら、ミリタリーっぽい小物をまぶしたような雰囲気だ。
「ん? お前、その平服で潜るの?」
「まだ装備持ってないんで」
「おいおい……じゃ、俺の後ろに隠れとけよ。確かに素手でも強かったけど、武器もないんじゃ厳しいだろ? 帰りにダンジョン用品店でも寄ってこうぜ」
武器は作れるけど、まあいいか。ピンチになるまで控えておこう。
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