第21話 〈プロジェクト・クロノス〉
自分の力で、俺は過去に戻ってきたんだ。
それを自覚した瞬間、脳内が爆発したみたいな痛みが走った。
その先に踏み込むな、と何かが警告してくる。
「第一遡行成功! 第二遡行、今!」
え?
背後を振り向く。いくつかの人影が、バシュンッ、と光を放って消えていくところだった。
「……」
手持ちの機械を操作しかけた態勢で、一人だけが後に残っていた。
SFじみたパワードスーツに身を包んだ人影が、俺を見つめている。
頭痛がさらに酷くなり、視界にノイズが走った。
起こるべきじゃないことが起こっている気がする。
世界が自らの歪みを隠そうと俺を遠ざけたがっているような、強い圧力があった。
「まさか時空結節点に俺が関わっているとはな。2024年の段階で、俺がどうしてダンジョンに潜っている? しかも、その傷……〈異能食い〉が相手か? 世界が分岐した結果だとしても、ずいぶんかけ離れている……」
そう言いながら、人影がヘルメットを脱ぐ。疲れ切った古強者の雰囲気を纏ったおっさんの俺が、高校生の俺を見つめていた。
彼が未知の高度な治療機械を取り出し、俺の体に張り付ける。
急速に傷が塞がっていった。ナノマシンDE回復薬、か。
「未来の、俺? どうして? 俺は2039年に水死したはずだし……自分の異能が時間操作なんてことも知らなかったはず……」
「……死にかけたが救助されたろう? 待て、どうして過去の俺がそれを知ってる? 何が起きたんだ? ……そうか、そういうことか!」
「どういうことだよ」
「魂が一種のDEとして実在することは知っているな? そして、魂は人間が死んだあとも残る事がある。過去で俺が死ねば、残った魂はどうなる?」
「……まさか」
魂と肉体は強く結びついている。一時的に魂を引き剥がしても、やがて本来の肉体に戻る。人と魔物を合成して兵器を作る過程で得られたデータだ。
「そうだ。今よりさらに過去で起こる〈魔王〉との戦いで、俺は命を落とす。そうして過去に残された魂が、どこかの一点でお前と……高校生の陰野歩と混ざる。お前は過去の俺だ。そこに未来の俺の魂が混ざった。一つの体に魂が二つ。あまりよろしくないぞ……二重人格の兆候は無かったか? あるいは不自然な記憶障害は?」
「……言われてみれば……」
「やはりな。そのことにさえ気付いていれば、対処はできるだろう。無視しても、いずれ混ざった側が消えるだけの結果になるとは思うが」
早口でまくし立てたあと、未来の――そして同時に過去の俺でもある男が、思い出したように手元の機械を見た。
「あまりずれるとまずい。行かなくては。……なあ。嫌な記憶を引きずっていないか? 医療キットに記憶処理薬がある。こいつで混ざった記憶を消せるぞ」
魅力的な提案だった。
……だけど。
「もう彩羽さんの言葉を忘れたのか? あんたにとってはついさっきの話だろ」
俺まで忘れたら、全てが無かったことになってしまう。
人類の気高い努力と犠牲の全てが存在しなかったことになる。
……せめて、誰か一人ぐらいは覚えておくべきじゃないのか?
「やめろ。無理して背負い込むことはない。いいか、お前はあくまで過去の俺であって、未来からやってきた俺の魂はただの混ざった異物なんだ。……なあ、幸せになれよ。俺たちが作る平和な世界に、滅んだ世界の記憶なんか、きっと必要ない」
「バカ言うなよ。いつも無理ばっかりしてるだろうが。自分の手に負えないようなものを背負い込むなって言われても、今更な話だろ」
「……ああ、そうだな」
未来を知っているからこそ、全ての責任を背負わなければいけないような気がして、ずっと苦しかった。全てを忘れて逃げたかった。
それでも結局、俺は戦うことを選んだ。過去でも、未来でも。
この辛い記憶があるからこそ、俺は戦えたんだ。そう思えば、悪くない。
「陰野歩がどういう奴かなんて、自分に講釈したってしょうがないだろ?」
肩に感じていた重圧が消えていく。
もしも〈プロジェクト・クロノス〉が失敗していれば、俺が二つの魂を持つことはない。火炎放射器で焼かれた魔物がダンジョンに還れないのと同じで、酷く欠損した魂が肉体の死後に形を保つことはない。
「高校生の俺の体を自分の体だと勘違いして入ってくるぐらい元気な魂が残るんだろ。なら、俺は全てを成し遂げて未来を変えたあと、満足して死ぬはずだ」
「違いない」
未来の、そして過去の俺は、ヘルメットを被り直してどこかへ消えた。
これから〈魔王〉と戦い、おそらく共倒れになるのだろう。
……俺が大蜘蛛と相打ちになりかけたように。
死に行く男を見送って、俺は再び異常な時空間に一人ぼっちになった。
ここは時空結節点。周囲の空間から切り離され、異常な時間流が発生している場所だ。
追い詰められた人類の一発逆転計画、俺の異能で過去に戻って魔王を殺す〈プロジェクト・クロノス〉の踏み台でもある。
「……俺の下積みは、無駄じゃなかったんだな……」
〈プロジェクト・クロノス〉の足場になった時空結節点は、俺が命を捨てる覚悟でボスに挑んでいなければ発生しない。
背負えないものを背負い込もうとして、頭を痛めながら必死に足掻いてなければ、この矛盾した因果のループは成立しない。
深く息を吸い、吐く。体内にこびりついた苦しみが剥がれていく。
「俺が足掻いたのは、無駄じゃなかったんだな……」
溢れてきた涙を拭う。
真実を知って、ようやく俺は二度目の人生を歩み出せるような気がする。
それに、半分は高校生の魂なわけで。まだまだ人生はここからだ。
そもそも半分ぐらいは高校生の俺が俗な動機で頑張ってただけだしな。
はは、そういうのも悪くない。これから存分に活躍してチヤホヤされようぜ、俺。
ハッ。そうだ、こうしてる間にも時間が進んでる。
「今、何日だ?」
時空結節点の外側、正常な時間に設置されている大型デジタル時計は、既に2024年の6月だと言っている。ものすごい速度だ。このままじゃまずい。
この時間のズレを作ったのは、俺の異能を吸収して扱おうとしたダンジョンコアだ。
つまりは俺の異能が生み出したものだ。俺なら時間の流れを元に戻せる。
流れが同調すれば、空間の断裂も解消され、ここから外に出れるはずだ。
「頑張ってみるか。ここまで来て餓死で終わりじゃ、冗談にもならない」
ある意味、俺は歴史が変わって消え去った世界の最後の生き残りだ。
こんな所で終わってたまるか。
彩羽さんや他のみんなに鍛えてもらった分だけ、この世界で活躍してやる。
俺たちの努力が無駄じゃなかったって、こんなに頑張ったんだって、いつか世界に証明してやるんだ。
「よし、まずは寝るところから!」
色々あってクタクタだ。こんな状態じゃ時間の操作なんて無理に決まってる。
いったん休んで体力を回復させたあと、異能の勘を取り戻そう。
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