第22話 時間流制御


「ふう……よく寝た」


 巨大デジタル時計で日付を確かめる。もう2025年の1月だ。

 眠ってる間に半年以上経っちゃってるよ。何倍速だこれ。


「あけましておめでとう、っと」


 バックパックの保存食を食べながら、空振りだったなあ、と俺は思った。

 寝れば夢の中で昔の記憶が見れるんじゃないかと期待してたんだけど。


「自力でやるしかない……」


 隔離された空間の中で、俺は試行錯誤を開始した。

 限界ギリギリまでDEを熾し、とにかく全力で念じたり放ったり練ったり、考えうることを片っ端から試す。

 だが、何も起きない。


「うわ……もう2月になった」


 さすがに焦る。

 冷静になれ。何か思い出せることはないか?

 ……駄目だなあ。断片的な記憶しかない。


「〈異能食い〉はどうやってた?」


 大昔のことは覚えていなくても、さっき起きたことなら覚えてる。

 やつから放たれるDEの気配が爆発的に増え、眩い光を発したあと、異能を使うのと同時に爆発して死んだ。

 同じことをやればいいわけだ。もちろん爆発して死ぬ部分を除いて。


 とりあえず、俺は徹底的にDEを熾してみた。

 限界を超えた瞬間にボンッと俺を中心にした爆発が起こり、気絶しそうになる。

 ……違うな、これ。


 もっとよく思い返してみよう。

 まず、蜘蛛の体に模様が浮かんでたよな。異能について、何か思い出せることは?


 ……ああ。ちょっと思い出した。

 異能を持ってる人間は、”幼い頃からDEの回路を持っている人間”だ。

 もともとこの世界には微量のDEがあった。そもそも魂がDEで出来てるんだしな。

 だから、ダンジョンが現れる前から一部の人間はDEを扱うための微弱な回路を持っている。

 その回路のパターンから外れないかぎり、異能の所有者はスムーズにDEを扱える。


「……?」


 なんだか視線を感じて、俺は時空結節点の外側を見た。

 大鎌を携えたフードの死神が立っている。


「えっ!? 何!? 世界の理とかそういうやつ!?」


 めちゃくちゃビビり倒したあと、二度見する。

 超高速で小刻みに動いているぼやけた残像だけど、何となく雰囲気で正体が分かった。


「血矢! お前! なんつー格好してんだよ!? そりゃあ探索者なんか変な格好になりがちだけどさあ、この状況でそれはビビるだろ俺が!」


 俺が隔離されてる間に時間が進んで、ダンジョンが一般開放されたんだな。

 血矢はばっちり厨二系探索者になり……あれ? 俺からはっきり姿が見えるぐらい、一日に何時間も一点で静止してるの?

 え? こわ。格好よりそっちのが怖いわ。そんな仲良かったっけ俺たち。


「……あ……なんか、変な約束してた気もする……」


 やっちゃったかもしれん。えー、と……よし! 後回しにしよう!

 そう、俺は悪くない! 俺の中に入ってるおっさんの魂が悪い!

 説明すればわかってくれるだろ! 血矢のやつ前世とか好きそうだし!


「ん? なんだ?」


 死神、もとい死神みたいなカッコの血矢が、現れたパネルを指している。

 ”歩の異能の使い方”だそうだ。

 解説いわく、胸のあたりにあるDEへの抵抗が強い場所を探す。そこが俺のDEを異能に変換する回路がある場所だから、消費量に負けないだけのDEを熾して流せばいい。らしい。

 手書きの丸っこい文字で「がんばって♡」とも書かれてる。

 嬉しいような怖いような。出た瞬間に殺しにかかってきたりしないだろうな。


 あ、もう一個の手書き文字が現れた。「頑張れ、歩」。

 ぼやけた輪郭が俺に手を振った、ような気がした。


「頑張ってみるよ、父さん」


 とりあえず試してみる。

 心臓のあたりに奇妙な引っ掛かりがあった。スポンジでも詰まってるみたいな感じだ。

 これか。……ものすごい抵抗だ。押し込んでいかないとDEが入らない。


「ぬぬぬぬぬ」


 入った、と思った瞬間、全身が疲労感に包まれた。

 異常な量のDEが回路に吸い込まれてる。それでも、何かを引き起こすにはまるでDEが足りていない。


 ……あ、そっか。

 前世で俺がDEをまったく意識できてなかったのは、これのせいか。

 熾したそばからゴリゴリDEが異能の回路に吸われるせいで上手くいかなかったんだ。


「にしても異常な詰まり方してるな。〈プロジェクト・クロノス〉でよっぽど無理して何か壊れたのか?」


 詰まったせいで、逆に俺の体へDEが回るようになってる。

 結果、異能回路にDEを吸われてる状態で十五年間鍛え続けて身についたバカみたいなパワーが異能回路から解放されて、今のDEダダ余り状態に繋がってる、のか。


「ま、俺なら多少詰まっててもパワーで解決できるだろ! やはり力は全てを解決する……!」


 全身に力を入れて、全力全開でDEを熾し、片っ端から詰まった回路に押し込む。

 ドバッとDEが変な漏れ方をして、青い光が周囲に満ちた。

 詰まってるだけじゃなくて何か壊れてるぞ!?


「なんだよもう!」


 休憩を挟みながら、俺は必死に試行錯誤を繰り返す。

 断裂した空間の向こう側では、文字通り月日が飛ぶように過ぎ去っていった。


 そして……2025年の10月。

 ダンジョン出現から二年後になるタイミングで、俺はついに何かを掴んだ。

 漏れ出しそうなDEを抑え込み、異能の回路を起動する。


 体内でDEが循環と反射を繰り返しながら膨れ上がり、眩い白光が瞬く。

 発動準備は完了した。


「……思い出してきたぞ」


 俺の異能は〈時間流制御〉だ。

 人類の総力を結集して作った専用の機械からアシストを受ければ時間逆行も可能だが、素の状態じゃそこまで派手なことは起こせない。

 できることは二つ。範囲内の時間の流れを、高速化/低速化させること。

 ただし、時間流操作を行った場合、その空間は外部と切り離される。

 絶対不可侵の時間流の壁だ。扱い方は難しいが、それなりに応用は効く……。


〈時間流制御・加速〉タイムストリーム・アクセル!」


 莫大なDEが世界へと干渉し、時間そのものの流れを捻じ曲げた。

 遅すぎる時間の流れが加速して、外の世界と同調していく。


 そして、俺は現世に合流した。

 2025年10月7日。

 ダンジョンが現れてから、ちょうど二年目のことだ。


 補強された地下空間に、大勢の人間が待ち構えていた。

 俺からすれば一瞬だった時間操作でも、向こうから見れば引き伸ばされてる。

 終わるタイミングで人が集まるのも当然か。


 無数の実験器具を抱えた研究者や、武器を構えて異常事態に備えている探索者たち。

 自衛隊っぽい人員と、自ら立ち会いにきた鷲田大臣。

 それに何より――父さんと母さんが立っていた。


「……ただいま」


 疲れ切った俺の体を、優しい腕が受け止める。


「おかえり、歩……頑張ったな……!」


 その優しさに甘えて、俺は眠りについた。

 きっともう、悪い夢は見なくて済む。そんな気がした。

 

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