第15話 三者面談
- 2024年 五月上旬 -
「もう一度確認しておきますが、本当に進路はこれでいいんですね?」
「はい」
「ええ、家族みんなで話し合って決めましたから」
担任の先生が、進路希望の調査表を一瞥する。
”第一希望 就職 迷宮産業研究所”。第二希望はない。
「しかし……政府系の機関に就職するなら、将来的なことも考えると、やはり大学に行っておいたほうがいい気がしますけど」
「長く勤める気はないので」
俺は言った。
「ダンジョンで生計が立つようになるまでのバイトですよ」
「……陰野くん、本気でダンジョン潜って生活する気なの? こんなに上等な就職先なのに? 危ないし、だいたい本当に一般開放されるかだって分からないでしょう? ダンジョンがずっと出現し続けるかだって分からないのよ?」
「やりますよ。普段からそう言ってるじゃないですか」
「う、うーん。先生はどうかと思いますけど、君の人生ですから……親御さんも許可を出してるみたいだし……」
隣に座った母さんが、ちょっと複雑そうに笑みを作る。
……というわけで、俺の進路は学校にも認知された。
教師の感情はともかく、学校側からの反対はない。どころか喜ばれてる。
就職実績に”迷宮産業研究所”って乗ってるだけで、かなりのアピールになるもんな。
なにせ迷宮産業研究所は今年度に出来たばかりの政府系研究機関だ。
父さんの勤め先でもあり、そのツテで俺がバイトを始める場所でもある。
あっさりと三者面談が終わり、母さんと一緒に学校を後にした。
「じゃ、母さん。行ってくるよ」
奇遇なことに、迷宮産業研究所でのバイトが始まるのは今日だ。
「……気をつけてね、歩。怪我だけはしないように」
「うん」
電車を乗り継いで、東京へ出る。
市ヶ谷駅の地下に急造された専用の出入り口へキーカードをかざし、セキュリティゲートを潜って研究所に入った。
俺がロビーに足を踏み入れた瞬間、通行人の流れが止まった。
研究者っぽい人たち、自衛隊っぽい人たち、官僚っぽい人たち。
ダンジョン研究のために集められた優秀そうな人材が、揃って俺を凝視していた。
ちょっと圧を感じる。
「来たか、歩」
数人の助手を連れた父さんが、俺を出迎えた。”迷宮産業研究所 DE研究室長”という肩書きになっても、相変わらずなんだか頼りない風格だ。安心する。
「施設を一回りして案内をしたいところだけど、セキュリティが厳しいからね。僕の研究室に直行しよう」
いくつかの扉を潜ると、地下とは思えないほどの巨大な空間に出た。
鋼鉄のフレームが縦横無尽に走り、真っ白い照明が居並ぶ機械を照らしている。
「す、すご……何ここ。秘密基地みたいだ」
「すごいだろ! 実際、秘密基地だったらしいよ? 電磁パルス対策で地下に巨大な司令室を作ってたんだけど、ダンジョンが現れたから用途を変えたんだってさ」
父さんは巨大な研究室を歩き、工作機械や測定機械を一つ一つ説明してくれた。
「あっちは材料試験機材一式、そっちはクロマトグラフィとかの有機化学系、こっちは超精密複合加工機に最新の産業用3Dプリンタに真空溶解炉に……」
説明っていうか父さんがはしゃいでるだけだこれ。
全然頭に入ってこない。
「……簡単に言えば、この研究室から一歩も出ずに戦闘機を作れるぐらい設備が充実してるんだよ。ここは工学系男子の遊園地さ!」
「最先端機材を揃えて、まったく未知の材料とエネルギーに挑む! これこそ学者冥利に尽きるってやつですよね、博士!」
よく分からないけど、父さんも助手の人たちも楽しそうだ。
「さて、仕事にかかろうか! 予定通り、まずはDEの測定から始めよう」
電子回路やケーブルが剥き出しの急造機械へ座らされ、言われるがままに準備する。
「この新型DE計測器も自慢の一品でさ、大出力に耐えるために変電設備を参考に……」
「父さん?」
「ああ、ごめん。そこに座った状態で、DEを熾してほしい」
グッ、と軽く力を込めて、DEを熾す。
そのままだと過充電で爆発して気を失うから、じわじわ周囲にDEを放出して垂れ流すようにした。気絶ラインを見極められるようになったのは練習の成果だ。
まだ機械は耐えてる。じゃ、もうちょっと力を入れてみよう。
えいやっ。
ドオンッ。
気合を入れた瞬間、機械の中から爆発音がした。
「……嘘だろ? 理論上、常人の3500倍までは耐えられるはずなんだけど」
「陰野博士、このデータを! ピーク出力が5000倍近い値にまで達しています! とんでもないですよ、彼!」
「5000っ!? とんでもないな、歩!」
白衣のおっさんどもが目をキラキラさせている。
「あれ!? 俺めっちゃ凄くない!?」
俺まで楽しくなってきた。
「凄いよこれは! ダンジョンコアの残骸に宿っていたDEと比較しても遜色ない! しかも滑らかで安定した出力! 頑張ってきたんだなあ……!」
「博士、これぐらいパワーが多いと高精度なデータはどうせ取れませんし、計測器からちょっと離して測ってみませんか!? それで推測値は出せますよ!」
「やろうやろう! パパッと直してもう一回だ!」
楽しそうな白衣のおっさんたちがワチャワチャ機械を弄った。
「じゃあ歩、このへん! 10メートルぐらい離れた状態で測ってみよう!」
というわけで、機械の外側に立ってもうちょっとだけ力を出してみる。
本体に備え付けられたアナログとデジタルの計器が爆発的に跳ね上がり、案の定というか、中で何かが爆発した。
「この状態でこの数字だと……およそ常人の10000倍! 火田陸士長の120倍です!」
「いっ、いちまあんん! 大変だ! うわあ! 歩を動力にしてイージス艦が動くんじゃないか!?」
「ちょっとした発電所みたいなエネルギー量ですよ、博士! これ、今の技術じゃどう頑張ってもDE回路が耐えられませんね、近くにいるだけでDE機械は全部ぶっ壊れます!」
「……ぶっ壊れちゃったかもしれないね! DEを扱う機械は全部シールドしておいたけど、これ上限越えてるね!」
「始末書ですね!?」
「始末書だね!? ……うっ、急に胃が痛くなってきた……」
キャピキャピしてたおっさんたちが一斉に意気消沈した。
ちょっとやりすぎたかも俺。
「……まあ、欲しかったデータは取れたし、焼け焦げたダンジョン素材を調査すれば知見も増えるし、うん……歩の仕事は、今日のところはこれで終わり、かな」
色々ぶっ壊しちゃったしなあ。
「あれ? 博士、これで終わりですか? 自衛隊から実地試験を頼まれてますよね?」
実地試験!? それってつまりダンジョンだよな!?
「いやあ、ここの携帯測定器は全部壊れたろうし、実地試験は無理じゃないかな?」
「ここの測定器が壊れてても、他所の自衛隊基地にあるじゃないですか。どうせダンジョンまで移動するんですから問題ないですよ博士」
「でもねえ……」
せっかくのダンジョンに行ける機会を捨てたくないぞ!?
「父さん、俺は大丈夫だよ。経験はあるんだから」
「そ、そうかもしれないけど……しかしね……ほら、本来やるべきだった計測プログラムは完了できていないんだし、日を改めてからでも……」
「俺に協力するために何だってする、って言ってたよね、父さん。嘘だったの?」
「……分かった。実地試験に移ろうか」
父さんが渋々と頷いた。
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