第16話 実地試験


 市ヶ谷の防衛省ヘリポートから飛び立ち、西側へと数十分。

 高尾山の山中を切り開いて作られた自衛隊のキャンプに俺たちは降り立った。

 偉そうな自衛隊の高官が父さんたちを連れてテントに入っていく。


「……何で俺だけ居残りなんだ?」

「セキュリティの問題です! ご容赦願います!」


 俺にくっついている監視役が、独り言に返事をしてくれた。

 暑苦しい自衛官だ。どっかで見たなこの人。


「火田さん、でしたっけ?」

「火田陸士長であります!」


 ビシッと敬礼された。とりあえず右手を胸に当てて答礼しておく。


「炎が出る異能の人ですよね」

「はい!」


 手からちょっと炎を出してくれた。滑らかなDE操作だ。


「あなたにも特殊な才能があると聞きましたが、その若さですから、戦いの経験は少ないでしょう! なにか質問があればどうぞ!」

「あれ、そのへん詳しい事情は聞いてないんですか?」

「才能ある高校生の護衛をするのが小官の仕事だと聞いております!」


 そっか、何にも知らされてないのか。

 ……まあ、俺が送ったような気がする例の文書だって一回も表沙汰になってないしな。

 重要人物の中でだけ共有されてる秘密ってわけだ。


「質問は、とくに……」

「では今のうちに忘れ物がないか確認しましょう! 応急治療キットは持ちましたか! トイレは大丈夫ですか! 軽めの食事を取っておくのも忘れずに!!」

「あ、はい……」


 まあ、いい人だな……暑苦しいけど……。


 それから数十分後。話し合いを終えて、父さんたちがテントから出てくる。


「歩。迷宮に潜る許可が降りたよ」


 よっしゃ! ついに!


「火田。護衛の任を解く。そこの高校生は一人で潜ることになった」


 父さんと一緒に出てきた自衛隊の指揮官が、火田さんに言った。


「!? な、納得できません! 危険すぎるのではありませんか!」

「同意見だが、上からの指示だ。従うしかあるまい」

「しかしそれでは! みすみすと彼のような子供を危険に晒すわけには!」

「火田。上の命令だぞ」

「……はっ!」


 暑苦しい人が一歩下がった。

 ふう。ありがたい。正直、今の時代じゃ俺を護衛できる人なんて一人もいないし。


「まったく、こんな弱そうなガキを迷宮に潜らせるなんて……上の連中は正気なのか?」


 指揮官の人からすげーナメられてるんだけど。


「じゃ、歩。始めようか。こっちでブリーフィングするよ」


 父さんと二人でテントへ入り、通信機器の並んだ机に座る。

 目前に置かれたノートPCは、どこかの邸宅とビデオ通話が繋がっていた。


『ゲホッ、ゲホ……うむ。久しぶりだな、歩くん』


 額に冷えピタを張った鷲田大臣が、フレーム外から現れた。


『すまない、流行病でな……やむなく自宅からのテレワークだ』

「大臣ともなると、病気でも休めなくて大変ですね……お大事に」

『どうも……ゴホッ』


 大臣が俺に直接ブリーフィングするのかよ。病気なのに。

 ……それだけ俺は重要人物ってことだな。ちょっと自尊心がムクムクしてきた。


『さて、今回の任務だが……好きなように迷宮を攻略しつつ、DE兵器の開発研究に必要な材料を集めてもらいたい。本来は歩くんが戦闘中のDEデータも計測したかったのだが、現時点での技術では不可能のようだ』

「DE兵器? もう開発に目処が立ってるんですか?」


 あれってダンジョン出現から三年後ぐらいに米軍が作るんじゃなかったか?


『それは父親に聞くのが良いだろう……ゲホゲホっ』

「説明するよ。歩がくれた情報や、長谷高校のダンジョンに残された大量のスライムハガー素材のおかげで、既にDEの基礎研究は進んでるんだ。あとは十分な強度とDE容量のある素材、それと炎の触媒になりうる素材があれば、火田陸士長の異能データを真似した回路で火炎放射器みたいなDE兵器を作れると思う」


 父さんは誇らしげに言った。

 だいぶすごいことやってる。本来の歴史から何年ものショートカットだ。

 俺が活躍してダンジョンを攻略し、その素材で父さんが研究を進めていけば、もしかして世界を救……痛っ。


 あれ? 俺、今、何考えてたっけ?

 まあいいや。


「歩? どうした?」

『……ふむ……』

「ああ、いや、ちょっと頭が痛くなって。何でもないよ」


 父さんと鷲田大臣が、意味深に目配せを交わした。


『今回の探索のために、リアルタイム映像配信用の機材を用意してある。通信中継用の機材を設置しながら進みなさい。必要な素材があれば、君の父親が指示を出す』

「俺が攻略してるとこ、ずっと記録するんですか?」

『うむ。詳細は伏せた上で、ダンジョン攻略の教材として使わせてもらう』


 なるほどな。素材を確保しつつ平均レベルの底上げもできる。一石二鳥だ。


『ゲホッ……以上だ。何か質問は?』

「この迷宮を潰す優先度はどれぐらいですか?」

『こだわらなくて構わん。知性型コアが倒されて以来、何の意図もないランダムな発生が続いているが、これも統制下にない野良ダンジョンだ。脅威度は低い』

「了解です。じゃ、行ってきます」

『うむ……ゴホッ、少々失礼……』


 鷲田大臣がフレームアウトした。お大事に。



- - -



 張り巡らされた土のうと塹壕と鉄条網の隙間を歩き、鋼鉄製ゲートの前で立ち止まる。

 ここから先が高尾ダンジョンだ。


 俺は拳を打ち合わせ、じわりと直剣を精製した。

 準備完了の合図を背後に出す。鋼鉄のゲートが軋みながら開いていった。


 そして、俺は薄暗い洞窟へと足を踏み入れる。

 濃厚なDEと湿気の混ざったダンジョンの空気を吸い込む。

 懐かしい雰囲気だ。肺に馴染む。


『通信良好。念のため、そこに中継機を設置しておいてほしい』

「了解」


 俺の胸元に仕込んだスマホはちゃんと映像を配信できてるみたいだ。

 父さんの指示で中継機を置きながら、丁寧にダンジョンを攻略していく。


 曲がりながら下り坂を降りていった先に、空中を漂う火の玉があった。


「〈ウィル・オ・ウィスプ〉と接敵。父さん、あれは素材にいいんじゃない?」

『え? 〈ウィル・オ・ウィスプ〉の素材? 倒した途端に消えるから素材が入手できない、って報告を受けてるよ?』

「ああ、連中から素材を剥ぐにはちょっと特殊なやり方が必要でさ」


 強化された身体で一気に駆け出して、DEの剣で火の玉を叩き落とし、地面にギュッと押し付ける。必死に飛ばしてくる炎を回避しながら、チラチラと見える赤色の核を抑え続け、変色した部分を見つけて切り落とす。


「核の一部に、こいつらが炎を吐くための触媒部分がくっついてるんだ。そこを切り離してやると、重要器官をダンジョンに還さずに済むからDE削りになるし、素材も得られる」

『へえ……流石。本当に、歩はダンジョンで生きてきたんだなあ……』


 DEを炎へと変換するための触媒素材〈ウィル・オ・ウィスプの肝〉をバックパックに収納し、進む。

 あまり魔物には出会わないし、出会っても弱い。野良のダンジョンならこんなもんか。


 リラックスして、魔物を見つけては的確に仕留めていく。

 DEの関係で前世と身体能力が段違いだから、かなり力押しが通用する。

 戦ってて楽しい。


『すごい、危なげがない……もっとハラハラさせられるかと思ってたよ』

『……自衛隊の選抜部隊がようやく倒せるような魔物を、一人で軽々と倒していく。凄まじいものだ。未来の探索者は、みな歩くんぐらいに強いのか?』

「今の俺よりも強い人がゴロゴロしてたような気がします」


 記憶はハッキリしないけど、イメージ的にはそんな感じだ。


『……想像できないな。今の君よりも上か。いったいどれほどの化け物が……』


 純粋なDE関係のパワーだけで言えば、俺はけっこう上だけど、総合力で言えばまだまだ未熟だと思う。気を抜けばすぐ抜かれてもおかしくない。もっと強くなりたい。


 二時間ほどダンジョンをうろついた結果、素材を入れるバックパックがパンパンに膨れ上がった。爪やら肉やら鱗やら肝やら、切り離した魔物の一部でいっぱいだ。


「俺はまだ余裕だけど、荷物に余裕がない。どうする父さん?」

『それだけあれば一年分は研究が進むよ! 十分すぎるぐらい十分な戦果だ! 設置してきた通信機材を辿って帰還してほしい!』

「了解」


 帰還用のマーカーも兼ねてたのか。これなら絶対に迷わない。さすが父さん。

 というわけで、初の正式なダンジョン探索は大成功に終わった。


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